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【ドナルド・キーンの東京下町日記】

一目ぼれして38年同じ部屋

旧古河庭園を散策するドナルド・キーンさん=東京都北区で(安江実撮影)

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 半世紀以上も前の一九五三年に京都大学へ留学した。そして五五年にニューヨークのコロンビア大で教えるようになり、夏を日本で過ごすようになった。日米で二重生活。日本の住まいは留学時代と同じ家だった。高台にある古い日本家屋で景色がよく、気に入っていた。

 ところが、六〇年ごろに新幹線工事で景色が台無しになった。そこで、在京の作家や編集者との付き合いが増えていたことから、思い切って東京に出ることにした。最初は原宿のアパート。南青山の知人宅にも住んだ。いずれも悪くはなかったが、外国人が多く、魅力を感じなかった。そこで、選んだのが文京区西片だった。

 実は、私が英訳した太宰治の『斜陽』に西片が出てくる。便利な場所で、近くには白山の花街が残り、風情もあった。コツコツとためたドルをマンション購入のために円に換えた。ニクソン・ショックの七一年。換金した直後にドルが切り下げられた。資金不足になるところだった。

 だが、好事魔多し。実際に入ると、目の前が白山通りで騒々しい。近くの消防署からはサイレン。長年の貯蓄の結果がこれか、と思うと泣きたくなった。

 そんな時、友人に呼び出され、歩いたのが北区西ケ原の旧古河庭園だった。緑豊かで、とにかく静か。バラが美しく、池には白鳥。「すてきだ」と思いながら歩くと、近くに白いマンションが見えた。一目ぼれだった。「あそこに住みたい」と無邪気に思った。

 友人は「キーンさんは寂しがり屋。近くに友だちはいないし、おいしい料理屋も少ない」と反対した。それでも、私は二年待って空いた部屋を買った。西片の部屋を買ってくれる人も、タイミング良く見つかった。

 それから三十八年。私はここから動こうと思ったことはない。静かな環境に研究活動は進む。近くには昔なじみの商店街があり、店員が声を掛けてくる。そして、何より外国人がいない。以前は子どもたちに「外人さん」と呼ばれたりしたが、今や私も日本人だ。

 謙遜してか「日本の何がいいのか」と聞く日本人がいる。どうして、そんなことを聞くのか。東京そして日本は人も街も素晴らしく、私には世界のどこよりも住みやすい。しかも毎日が刺激的だ。

 西片の部屋を買っていなければ、ドル切り下げで資金問題を抱えたはず。その部屋を買ってくれる人と偶然、知り合わなかったら買い替えもスムーズではなかっただろう。不思議な縁を感じる。

 古い日本が好きな私には、安永年間の石碑も残る街並みもいい。私が住んでから変わったのは、マムシを扱う漢方薬店がなくなったこと。そして、以前は自室から旧古河庭園の池が見えたが、その周囲の木が伸びて見えなくなってしまったことぐらい。マムシの店はどうでもいいが、池の木は夜にこっそり切ってやろうか−と時々考えている。(日本文学研究者)

 

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