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【ドナルド・キーンの東京下町日記】

甲子園 日本の夏を象徴

35年前に甲子園球場で高校野球を観戦時に、かぶっていた麦わら帽子を手に話すドナルド・キーンさん=東京都北区で

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 第百回全国高校野球選手権大会が終わった。新聞を読み、テレビを見る限りは、決勝で勝った大阪桐蔭よりも、敗れた金足農に関心が集まっているようだ。判官びいきの日本人は、全国から選手を集めた大阪桐蔭より、地元選手だけで頑張った金足農に共感するのだろう。ニューヨークで生まれた日本人の私にも、その気持ちはよく分かる。

 意外かもしれないが、私は一時期、野球少年だった。運動音痴でレギュラーにはなれず、ふびんに思った母親が賄賂を使って試合に出させようとしたこともあった。ほろ苦い思い出だ。だが、そんな経験もあったからだろう。依頼されて甲子園で一度、取材したことがある。三十五年前の第六十五回大会。試合はあまり覚えていないが、かちわり氷で涼を取りながら、詠んだ一句が残っている。

 「白たまの消ゆる方に芳夢蘭(ホームラン)」

 最近、その時の写真が出てきた。うちわを手に、マウンドを見つめる私だ。当時を思い出しながら、自句を英訳した。「In the direction/With the white ball disappeared/A fragrant orchid」

 この三十五年でも日本社会は大きく変化した。バブル景気とその崩壊。インターネットの登場。東アジアでは中国が経済大国化した。それでも、高校野球の人気は変わらない。もちろん、メディアの大々的な報道の影響が大きい。だが、受け手もあっての報道だ。高校生の競技会で、これだけ盛り上がるのは、世界でも甲子園だけだろう。

 なぜ、人気なのか。ありきたりだが、少年たちが真剣に白球を追い掛ける姿はやはり感動的。それに「勝とう」とチームが一丸となるところにも引きつけられるのだろう。レギュラー選手だけではない。補欠選手全員がユニホーム姿で観客席を陣取り、応援団や吹奏楽団と一体になって声援を上げる。

 トーナメント制で敗者復活はなく、「負けたら終わり」という美しい散り方も日本人好みだ。

 甲子園に出るようなチームには、高校時代に一度も試合に出られない補欠選手もいるそうだが、それでも三年間、野球を続けたことを誇りに思い、彼らを「陰の立役者」とたたえるあたりも何とも日本的だ。また、今回は金足農のエースが秋田県予選から、甲子園の決勝の途中まで一人で投げ続けた。そんな奮闘は美談として語られがちだ。ここぞとばかりに盛り上がる郷土愛も半端ではない。

 日本と比べて合理主義的な米国なら、補欠選手のための試合を組むだろうし、エースの連投には「将来ある高校生。けがしたらどうする」「試合日程に無理がある」と批判が湧き起こるはずだ。そもそも、高校レベルの競技会をメディアは大きく取り上げないし、大観衆も集まらない。

 高校野球は、善しあしを別に実に日本的である。競技会というより、日本を象徴する夏の風物詩といえそうだ。 (日本文学研究者) =編集・鈴木伸幸

 

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