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【ドナルド・キーンの東京下町日記】

(最終回)考え抜いた題名、さて

1月30日、新刊の題名を確認するドナルド・キーンさん=東京都文京区で、キーン誠己さん提供

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 ドナルド・キーンさんが日本国籍を取得してから7カ月後の2012年10月に始まった「東京下町日記」。キーンさんは2月末に亡くなる直前に、連載70回目となる今回用のテーマを考え、原稿をまとめていました。キーンさんの逝去に伴い、未掲載となっていましたが、養子の誠己さんの希望もあり、掲載します。

 読書が大好きな私は、子どもの頃から時間があれば本を手に取っていた。今も書店は最も好きな場所の一つ。養子の誠己と出かけては、題名を見て気に入った本を何冊と買う。一度に何十冊も買って、誠己を困らせたことも数知れずだ。

 読むだけではなく、何十冊と書いてきた。英語では二十九歳の時、浄瑠璃「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」に関して書いたのが最初の本。日本語では、エッセー集「碧(あお)い眼(め)の太郎冠者(かじゃ)」が最初の本だ。三十五歳の私に文豪、谷崎潤一郎が序文を寄せてくれ、跳び上がらんばかりに喜んだことは、今でも覚えている。

 そんな私なのに、いまだに新刊を出すときには「読んでもらえるか」と緊張する。悩ましいのは題名の付け方だ。今だから打ち明けられる話がある。一九七三年に作家、安部公房と私の対談集が出版された。安部と交わした日本の文学論や演劇論は今、読んでも充実した内容だ。しかし、思ったほどは売れなかった。その一因は、安部が決めた題名にあったように感じる。

 安部の感性は独特だ。彼に「和製シャンパン」を飲まされたことがある。何のことはない、炭酸水で割った日本酒なのだが、おいしくはない。口にした私は少々戸惑い、その反応を安部は楽しんでいたようだ。前衛的な戯曲も書いた安部が逆説的にか「題名は『反劇的人間』」と言い出した。それに従ったが、代案を出すべきだったと今も思う。

 もちろん、私にも思い通りにならなかったことがある。自伝は何冊か書いたが、その題名で最もお気に入りは「このひとすじにつながりて」。敬愛する俳人、松尾芭蕉は「つゐに無能無芸にして只此(ただこの)一筋に繋(つなが)る」という名言を残した。日本文学にこだわり続けた私だけに、それにあやかっての思い入れある題名だった。

 ところが、最も売れ行きが良かった自伝の題名は、「ドナルド・キーン自伝」だった。

 四月に私の新刊が出版される。私が大好きなオペラがテーマだ。十五歳で初めて見た「カルメン」でファンになり、米ニューヨークのメトロポリタン歌劇場には年間契約席を持っていた。「オペラの楽しみ方を書いてほしい」と依頼され、一冊にまとめた。

 編集作業を終えてから、考え抜いて決めた題名は、自伝の経験則もあって「ドナルド・キーンのオペラへようこそ!」(文芸春秋)。さてどうなることやら。

 (日本文学研究者)

 =編集・鈴木伸幸

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<キーンさんの養子、誠己さんの話> 足かけ八年の連載をご愛読いただき、ありがとうございました。今回が連載の最終回です。四月十日午後三〜四時、東京・南青山の青山葬儀所でお別れの会を開きます。献花いただければ幸いです。

 

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