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【長久保宏美のリポート福島】

片道75キロ、新鮮野菜を浪江に 福島市から遠距離販売に通う佐藤さん

商品の説明をする佐藤さん(右)=いずれも福島県浪江町

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 福島市出身の佐藤宏美さん(41)は東日本大震災当時、京都の料亭で役員秘書をしていた。今は週一回、福島市内の実家から福島県浪江町まで、片道七十五キロを軽自動車で通い、新鮮な野菜を住民に届けている。避難指示が一部で解除された町に、コンビニはあるものの、スーパーマーケットがないのだ。

 毎週木曜日の午前十一時前、浪江町役場横にある仮設商店街「まち・なみ・まるしぇ」の敷地に、二メートル四方のテントを広げる。販売するのは、主に福島市内の農家から買い付けた旬の野菜や果物、ジャム、ジュースなど約二十品目。野菜の見栄えはあまり関係なく、新鮮さが自慢だ。軽自動車にすべての荷物を積み、放射線量がまだ高い帰還困難区域の中の道を通って来る。

 常連さんとおぼしきお客が、ぽつりぽつりとやって来る。この日のお薦めは、ジャムでも、そのままでもおいしいプルーン。そして、高級ブドウの「シャインマスカット」、パプリカとキュウリ。

この日のリンゴは1個50円。常連客(左)の楽しみは、佐藤さんとのおしゃべり

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 平日だが昼食時とあって、作業服姿の男性客が、小さな商店街の飲食店にどっと押し寄せ、順番待ちの列をつくる。「○○JV(共同企業体)」の腕章をつけた男性が、ブドウを見つめる。別の作業服姿の中年男性は「プルーンって何だ? うまいの? まあいいや、一つちょうだい」と買っていった。「今日は非番なの。このシソの実とダイコンで、ふりかけ作ってきてあげるわ」という近くの飲食店の女性従業員(51)は、佐藤さんとのおしゃべりが大きな楽しみのようだ。

 大根菜(だいこんな)など数種類を買った町内の吉田教子(のりこ)さん(51)は「スーパーがないからというよりも、福島市からわざわざ来てくれるので、毎回、買うようにしています。本当に佐藤さんは素晴らしい方だと思います」と話す。

 佐藤さんがここで野菜の販売を始めたのは今年五月。浪江町役場の友人から「野菜を売っている店がない」と聞いたのがきっかけだった。

 震災直後、被災地の状況を見てじっとしていられず、京都から福島に戻り、被災者支援のボランティアを始めた。当初は、県外に避難した住民らの生活相談に応じるなどの支援をした。その後、福島の農家を応援しようと、JR福島駅前で市内の農家とともに野菜を売った。農産物の販売に本格的に取り組むため今年一月、一般社団法人「GDM(Good Day Market)ふくしま」を設立。その代表理事を務めている。

 東京電力福島第一原発事故で、町内全域に出された避難指示は、昨年三月末に太平洋岸の一部が解除された。事故当時の人口は約二万一千五百人。十月末現在、町内に居住しているのは八百五十三人で、高齢者ばかりだ。

 今年六月ごろ、佐藤さんは数人のお客さんから「青ウメが欲しい」と言われた。梅干しを作るから、という。どこの家にも、庭にウメの木があったはず。だが、それは原発事故前のこと。事故後はウメの実が放射能に汚染され、みんな切ってしまったのだ。

 「だから、梅干しを作れるよう、赤シソも仕入れて売りました」と佐藤さん。「浪江で当たり前だったことが突然できなくなった現実を知り、とても驚きました。でも、町民のリクエストに応えられ、おいしかったからまた来たよ、と言われるのがうれしいですね」 (福島特別支局長)

 

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