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【長久保宏美のリポート福島】

住民目線で事故後を検証 「本当のこと 知って残す」

震災後、歩道橋に掲げた横断幕について説明する平山勉さん

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 自分たちは隣町をどれだけ知っているだろう−。福島県富岡町のホテル経営、平山勉(つとむ)さん(52)の取り組みは、そんな素朴な疑問が始まりだった。福島県の海沿い、双葉郡八町村の現状を知り、課題を語り合う「双葉郡未来会議」を仲間と立ち上げ、代表を務めている。東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から七年九カ月。「自分たちで本当のことを知り、記録に残したい」と話す。

 十一月五日、国道6号のJR富岡駅入り口交差点近くに、ダークグリーンのしゃれた外観の施設がオープンした。八町村の被災状況や復興の様子を紹介する施設「ふたばいんふぉ」だ。

 目を引くのが「富岡は負けん!」と書かれた、幅三・五メートルの横断幕。原発事故の五カ月後、先行きが見えない中、町民に前を向いてもらおうと、いわき市内の避難先でペンキで書き、自宅近くの国道6号の歩道橋に掲げた。これを見た原発作業員らが、インターネット上に「頑張ろうと思えた」などと投稿。その存在が広まった。国や町から「落ちたら危ない」と言われ、二〇一七年三月末に外し、今は二枚目を交差点近くの道路脇に掲げている。

国道6号沿いにある「ふたばいんふぉ」

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 ほかにも、八町村の状況を説明する約百枚のパネルや、消防団の活動記録など関連書籍を展示。地域の全体像をつかめるよう、全長一・八メートルの立体地図も設置した。

 平山さんは原発事故直後、避難で町への立ち入りが制限されると、知人らから頼まれ、家や会社からパソコンやテレビなどを運び出すボランティアを始めた。一三年に正式なボランティア組織を立ち上げ、スタッフを全国から募り、引っ越しや片付けなどを続けた。活動を通して、情報共有の場が必要だと感じた。

施設内に設置されている浜通りの立体地図=いずれも福島県富岡町で

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 「事故から今まで、自分たちのことで精いっぱいだった。時間がたつと、町村によって、いろいろな差が見えてきた。放射線量、賠償金額、帰還人数−。このままではみんなバラバラになってしまう。そこでまず、互いの地元を理解しようと始めました」

 八町村から一人ずつ有志が集まり、一五年七月に未来会議が発足。同十二月に最初のミーティングをいわき市で開き、県内外から百二十人が詰め掛けた。テーマは「住民にとっての避難指示解除とは何か」。段階的に避難指示が解除されている自治体の住民、解除される予定の住民。それぞれの視線で、課題や葛藤を話し合った。

 今年三月には、避難指示区域内で牛を飼育し、国の殺処分指示を拒否した農家ら三人の話を聴いた。現在、会議の登録は二百十五人。今後は、津波や原発事故の対応に追われた警察や消防の担当者に話を聴く予定だ。何が起こったのか、自分たちで検証し、インターネットと紙媒体で発信する。

 「活動を続けていると、いろんな人とつながりができる。新たな活動のヒントも得られ、やりがいを感じられます。地元の自分たちでなければできないことをやりたい。本当のことを記録しておきたい」

  (福島特別支局長)

 

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