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【長久保宏美のリポート福島】

ドキュメンタリー映画「盆唄」15日公開 継承の願い込めハワイへ

映画「盆唄」のワンシーン。やぐらの上で双葉盆唄を演奏する横山久勝さん(手前左)ら((C)2018テレコムスタッフ提供)

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 東京電力福島第一原発事故で全町避難が続く、福島県双葉町の「双葉盆唄」を題材にしたドキュメンタリー映画「盆唄」が二月十五日から、東京の「テアトル新宿」をはじめ、全国で順次公開される。中江裕司監督(58)と、主人公として描かれる本宮市の電気工事業・横山久勝さん(64)に作品に込めた思いを聞いた。

 −なぜ、双葉町の盆踊りを題材に?

 中江監督 原発事故そのものをテーマにしようとしたわけではない。映画の共同プロデューサーで写真家の岩根愛さんから、盆唄の保存に情熱を燃やす横山さんを紹介され、話を聞いて「これは映画になる」と感じた。

 −横山さんは複数回、ハワイに行っていますね。

 横山さん 二〇一四年七月に、県太鼓連盟のメンバーとハワイに行った。被災当時に支援してもらったお礼の目的だった。そこで、日系人社会で演奏されていた「フクシマオンド」に出合った。初めて知って驚いた。

 中江監督 今から百五十年以上前、福島からハワイに移住した人々の子孫たちによって、盆唄が受け継がれていた。サトウキビ畑での厳しい労働に耐えるとき、故郷の盆唄をうたっていた。

 横山さん 私たち双葉町民はあちこちに避難していて、昔のメンバーで練習することもできない。震災後に仲間が集まったら、歌い手は声が出ず、笛の名手は音が出なかった。誰かに完全な形で継承してもらうことを考えた。自分たちが生きているうちに、双葉に戻ることはできないかもしれないから。

 −それで、今度は双葉の盆唄のメンバーをハワイに連れて行った。

 横山さん マウイ島の太鼓チームに教え、自分たちの子や孫が故郷に帰る日が来たら、この双葉盆唄を島の彼らから教えてもらいたいと。ただ、独特の節回しとか、ゆっくりしたテンポで演奏することなど、すべてを伝えることは難しかった。

 −ほとんどが実写の中に、アニメーション部分がある。

 中江監督 二百年以上前、福島県の相馬地方は大凶作と疫病で多くの死者を出した。そこで、藩主が北陸地方から集団移民を受け入れた。相馬移民です。ハワイへ双葉盆唄を伝えに行ったメンバーに一人、相馬移民の末裔(まつえい)がいた。古文書や富山県の寺に残っていた資料から、先祖が富山から来た証拠を見つけた。アニメ部分は、その移民が当初は習慣の違いなどから差別され、つらい生活を送ったが、長い年月をかけて福島の人たちに受け入れられていく様子を描いている。

 −また、ここでも移民が出てくる。

 中江監督 相馬移民、ハワイ移民と、大きな歴史の中で繰り返される物語が浮かんだ。ただ、映画は娯楽なので、前向きな展開にした。

 −完成した今の気持ちは?

 中江監督 いわき市での試写会で双葉町の方々に見てもらい、温かい気持ちになった。その半面寂しくも感じた。終わってしまったかと。

 横山さん こんな大ごとになるとは思っていなかった。公開する映像とは別に、双葉町内の八地区の盆唄の演奏をすべて撮影してもらった。これで、一つの役割を終えたという思いだ。 (福島特別支局長)

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<なかえ・ゆうじ> 映画監督。京都市で生まれ、沖縄に移住。1999年の映画「ナビィの恋」でベルリン映画祭フォーラム部門入選。劇映画とドキュメンタリーを交互に計9本発表。

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<よこやま・ひさかつ> 電気工事会社代表取締役。双葉町出身。原発事故で避難し、現在は本宮市在住。趣味は太鼓づくり。福島県太鼓連盟副会長。

 

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