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【長久保宏美のリポート福島】

舞や踊り「生きること」 浜通りの民俗芸能記録 写真家・菊池和子さん

大熊町の民俗芸能「熊川稚児鹿舞」=2016年8月、会津若松市で(いずれも菊池和子さん撮影、提供)

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 写真家の菊池和子さんが、東日本大震災後に福島県沿岸北部の民俗芸能の復活に尽力した人たちを取材した。その写真展「福島 芸能の灯(ひ)消さず」が十月五日から、同県南相馬市の市立中央図書館で開かれる。岩手県や福島県の被災地を積極的に取材してきた菊池さんはなぜ、福島の民俗芸能に着目したのか。

 「故郷つなぐ舞 復活 全住民避難の福島・大熊町」。きっかけは二〇一四年七月二十一日の東京新聞朝刊に掲載された記事だった。

 記事は、大熊町熊川地区に伝わる「熊川稚児鹿舞(くまがわちごししまい)」が会津若松市内の仮設住宅で披露され、住民が離れ離れになった中、受け継いだ民俗芸能を残そうとする取り組みを紹介していた。

菊池和子さん

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 菊池さんは「厳しい避難生活の中、なぜ、大熊の人たちは演じる人も見る人も、再び『舞』を求めたのだろう」と思ったという。その後の取材で出合った稚児鹿舞の保存会長、宮本明さん(69)の言葉に心を動かされた。

 「宮本さんは十歳の時に、四人の鹿舞のうちの一人に指名されたことが誇らしかった。『稚児鹿舞は自分の全人生といってもいい』と話された。稚児鹿舞は宮本さんのアイデンティティーそのものであり、人と芸能の結び付きはただ事ではないと感じました」

 熊川地区は津波に襲われたうえ、東京電力福島第一原発の南約四キロにあり、帰還困難区域となった。

 菊池さんが取材を進めると、浜通り(沿岸部)の民俗芸能は過疎化で後継者がいなくなっていたところに、震災と原発事故に伴う避難で、危機的な状況になっていたことが分かってきた。

 菊池さんは思ったという。「舞や踊りを復活させることは、あの地域の人たちにとって、生きることそのものなんだと思います」

浪江町の「請戸(うけど)の田植踊」=2018年2月、同町で(写真家/菊池和子さんの写真集より)

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 今回の写真展では、地震や大津波の被害を乗り越え、地元に根付く舞や演奏などの芸能復活に挑んだ十一団体の人たちの表情を写した作品約六十点を展示する。十三日まで。

 問い合わせは、南相馬市民情報交流センター=電0244(23)7796=へ。

 同じテーマの写真展「芸能の灯 消さず」は十月九日〜十三日まで、横浜市青葉区あざみ野の「スペースナナ」でも開催。問い合わせはスペースナナ=電045(482)6717=へ。 (福島特別支局長)

 

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