東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 特集・連載 > 東日本大震災 > 長久保宏美のリポート福島 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【長久保宏美のリポート福島】

復興の裏方、町の電器店 浪江町で営業再開の阿久津さん

仕事で使う車のトランクを開けて見せる阿久津雅信さん。常に道具類を満載している

写真

 東日本大震災と福島第一原発事故で被災し、家屋が解体され空き地が点在するJR常磐線浪江駅近くで今年六月、電器店「アクツ電機」が新店舗で営業を再開した。震災前は二万一千人いた町民のうち、現在町内に住むのは千百人程度。建設作業員と警察官が目立つこの町で、商売は成り立つのか。店を訪ねてみた。

 約束の時間に着くと、社長の阿久津雅信さん(48)は接客中だった。

 「お忙しいところすみません」と店内に入ると、阿久津さんは「営業再開してから、ヒマだったちゅーことは一回もないんです」と笑顔を見せた。

 県内の高校から名古屋市の大学に進学し、卒業後は愛知県内の車の販売店などで働いた。Uターンし、一九九五年五月に、父親が浪江駅前で創業した店を継いだ。

 原発事故の際は、家族全員で秋田県由利本荘市まで避難した。同市の臨時職員として勤務していた二〇一二年三月ごろ、携帯電話に「エアコンを取り付けてほしい」と浪江町の人から着信があった。

店の倉庫には取り付けを待つエアコンや冷蔵庫が置かれていた

写真

 「当時は町民が全国に避難するなど、町の状況から考えて、戻って商売なんかできないと思っていた。ただ、あんまりしょっちゅう仕事の依頼の電話がかかってくるんで、やってみるかと…」

 この時、妻の幸有利(さゆり)さん(42)は「勤め人のタイプじゃないし、いずれは電器店の仕事をやると思ってました」と冷静に見ていたという。

 同年七月には南相馬市の借り上げアパートの自宅を拠点に浪江町周辺での仕事を始めた。その後も町までの物流は復活せず、一七年三月、南相馬市内に事務所を構えた。

 「個人のお客さんの依頼のほか、復興業務に当たる人たちが使う建物のエアコンの取り付けなど、自分ができる仕事を探して請け負っていきました」。阿久津さんが振り返る。

 物流再開の見通しが立ったことなどから店に拠点を移し、現在は計六人で業務をこなす。最も依頼が多いのは不動産会社や工務店などからで、建設会社社員らが住むアパートにテレビや照明、エアコンなどを設置して回る。復興に携わる人たちの日常生活を、裏方として支えている。

 町産業振興課によると、十月末現在、町内では約百四十の事業者が営業しているが、その数は震災前の一割程度にとどまる。担当者は「震災から八年以上が経過し、避難先で事業を再開した方はそこで販路を確保しているので、戻って再開することは難しいのではないか」とみる。

 今後の見通しについて阿久津さんは「売り上げは震災前の八割程度まで回復した。町の電器店として地元の人から頼られるのはうれしい。ただ、それだけではなく、浪江で事業が成り立つ形をなんとしてもつくりたい」と話した。 (福島特別支局長)

 

この記事を印刷する

PR情報