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【長久保宏美のリポート福島】

自宅に戻った南相馬の宮川さん 野菜作りが楽しくて

ニンジン畑で野菜作りの楽しさを語る宮川フジコさん(左)と夫の秀清さん=福島県南相馬市で

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 福島県南相馬市の農業、宮川フジコさん(68)は今、自分の畑で野菜を作れることが楽しくてたまらない。東日本大震災と原発事故で周辺の農家の多くが避難したまま戻ってこない中、今年四月に元の場所に自宅を建て直した。常磐道が見渡せる高台の「わが家」を訪ねた。

 この場所は東京電力福島第一原発の北西、半径二十キロ圏内にあり、原発事故後は警戒区域に指定された。二〇一一年三月十一日の事故後の状況を、宮川さんはこう説明する。

 「この地区には約四十軒の農家が作物を作っていました。うちは夫が勤めに出る兼業農家。事故当時は和牛を七頭飼育し、子牛も四頭いました。牛や飼っていた犬が心配でここにいました。避難したのは十五日の夕方。近くの小学校、郡山市、福島市と避難したんですが、牛たちや畑のことが心配で、その後も立ち入り許可を取って、しょっちゅう様子を見に来ていました」

 宮川さんの一一年の日記にはこう記されている。

野菜の詰め合わせの内容は季節によって異なる=福島県二本松市で

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 −四月二十一日 晴れ 

 ものすごくいい天気。こんな時は、汗を流し畑仕事をして…(中略)早く元の生活に戻りたい。東京電力、国に私たちの思いはどうして早く届かないのか。じれったいばかり−

 飼育していた牛は衰弱し、その年の八月末、ついに殺処分となったという。避難指示が解除されたのは一六年七月になってからだ。そして今年の春、ようやく元いた場所へ戻ってこられた。

 「原発事故から、ずっと自宅を離れてここの畑に通った。最後の避難先は相馬市。今は思う存分、自宅の前の畑で野菜を作れること自体がうれしくてたまらない。だから、ついつい多めに種をまいちゃうんです」と笑う。

 現在は一・三ヘクタールほどの面積にネギ、ニンジン、ブロッコリーなどを育てる。夫の秀清さん(69)はすでにリタイアし、野菜づくりを手伝う。すべての作物は放射能検査を経て出荷しており、「今まで、すべてND(検出限界値未満)でした」という。

 野菜は地元の直売所で販売するほか、野菜の詰め合わせ(五キロ)を東京・銀座の居酒屋や八王子市、千葉県館山市、水戸市などに宅配で販売する一方、福島県二本松市に事務局を置く「里山ガーデンファーム」の通信販売でも扱っている。 (福島特別支局長)

<福島> 里山ガーデンファーム 福島県内の50の農家が生産する野菜、果物、えごま油やこんにゃくなどの加工品を全国に通信販売するグループ。東日本大震災と原発事故後、風評被害で販路を失った農家たちが団結し、安全な農産物を消費者に直接届けるため、二本松市に事務局を置き、季節の野菜の詰め合わせを宅配している。関東・東北地域は月1回3300円。生産現場を見てもらう農業体験も受け付けている。問い合わせは「里山ガーデンファーム」で検索するか、二本松農園=電0243(24)1001=へ。

 

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