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【2020東京五輪】

<東京パラリンピックへの道> (7)障害者アスリート採用も仲介「アスナビ」

オフィスの自席で同僚と仕事に励む金子選手(中央)=東京都港区六本木のTMI総合法律事務所で

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 緊張した面持ちのアスリートが、居並ぶ企業の採用担当者らの前に立つ。競技を始めてからの道のりや大会成績を端的に伝え、「業務でもコミュニケーションを取りながら目標に向かって取り組めると思います」などと約二分間の自己PR。日本オリンピック委員会(JOC)が行う、トップアスリートの就職あっせん事業「アスナビ」の説明会では、競技で見せるのとは違うアスリートたちの顔が見られる。

 二〇一〇年十月に始まったアスナビでは、来年四月の新卒入社予定を含め、これまで二百四十四人が就職を決めた。そのうちパラリンピックを目指す選手は三十九人。一三年七月に初めて障害者アスリートの採用が決まり、一四年八月にJOCと日本パラリンピック委員会(JPC)が協定を締結。現在は問い合わせのほとんどが障害者アスリートの採用希望というほど、企業の視線は熱い。

 就職先も多岐にわたる。メーカーや保険会社、福祉関係、航空会社。今年四月、パラ卓球の金子和也選手(28)が経理や広報を担う事務職に採用されたのは、海外にも拠点を持つ大手法律事務所「TMI総合法律事務所」だ。採用担当の藤井基弁護士(50)は「事務所の弁護士は東京大会の組織委員会にも関わっている。約三百人の職員がいる東京オフィスは法定雇用率の義務もあり、ぜひ障害者アスリートを採りたいと思った」と話す。

 埼玉県出身の金子選手は脊髄腫瘍により六歳の時に両脚が不自由になった。医師からはもう歩けないと言われたがリハビリに励み、装具を着けながら歩き地元の公立小中学校に通った。中学校で卓球を始め、健常者の卓球部員たちと同じように練習し、レギュラーとして出場した県大会の団体戦で優勝した。

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 高校生で初めてパラ卓球の国際大会に出場。早稲田大スポーツ科学部に推薦入学し、健常者、障害者両方の大会に出て技術を磨いた。卒業後は一般企業でフルタイムで働きながら競技を続けたが、なかなか成績が振るわず、「環境を変えよう」と転職を決意した。

 出勤せず練習に専念して良いとも言われたが、引退しても勤め続けることを考え「仕事もしたい」と週三回、午前中に勤務する。遠征費も支援してもらう。「パラリンピックの出場実績がなく転職は難しいかと思った。こんなに良い環境で良いのかな」と感謝する。

 十月にインドネシア・ジャカルタであったアジアパラ競技大会は男子シングルス(クラス7)で準々決勝敗退。メダルを逃したことに「これまでで一番悔しい思いをした。もっと圧倒的な技術力、メンタルの強さを持つべきだ」と感じた。目指すのはもちろん東京大会。事務所側も「どうすればもっと応援が盛り上がるか」と模索する。

 JOCのアスナビディレクター久野(ひさの)孝男さん(55)によると、金子選手のように装具を使えば自力で歩いて移動でき、コミュニケーションにも支障はない選手は採用が決まりやすい。一方、車いすを使う人だとハード面の設備が整わずすぐに対応できなかったり、視覚障害ではマッサージの資格があれば需要はあるものの「他にどんな仕事ができるのか」と企業側がためらってしまったりするという。久野さんは「工夫すればできる仕事はあるはず」と、さまざまな障害のある選手が就職し競技を続けられるのを願っている。 (神谷円香)

 

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