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【2020東京五輪】

<東京パラリンピック2020 マイ・ウェイ!>第一人者と練習 急成長 陸上・井谷俊介(24)

短期間でトップ選手に成長した井谷俊介=東京都町田市の市立陸上競技場で

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 規則正しい腕の振りに、軸がぶれない真っすぐなフォーム。ぐいぐいと大地を押して進むスムーズな走りは、右膝から下が義足とは思えない。本格的に走り始めてまだ1年余。一気にパラ陸上短距離のトップレベルまで駆け上がった井谷俊介は「自信を持って走れるようになってきた」と充実した表情を浮かべる。

 この1年の成績が華々しい。昨年10月のジャカルタ・アジアパラ大会に初出場し、男子100メートル(義足T64)でいきなり当時のアジア記録、11秒70を予選でマークし、優勝も果たした。今年の静岡国際ではさらに0秒15更新。急激な成長曲線の源は、「置かれた環境が大きい」という。

 昨年1月から、山県亮太、福島千里(セイコー)らトップスプリンターを指導する仲田健トレーナーに教えを請う。陸上経験はほとんどゼロ。その走りを一目見て、仲田氏がまず命じたのは「野球の走り方を直す」。小学4年から続けた野球の影響で、太ももをあまり上げず、小さなストライドで後ろに蹴り出す癖がついていた。「しっかり足を前に出せと。陸上の基礎から学びました」

さらなる飛躍を期す井谷=東京都内で

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 義足のランナーは、下半身が不安定な分、どうしても上体がぶれ、スピードのロスが出やすい。ウエートトレーニングなどの成果もあり、体幹がぶれない走りは、井谷の最大の武器だ。練習では山県や福島とともに汗を流す。「あの2人がいるから、自分も常に妥協せず、限界を超えていける」と力を込める。

 「自分の頑張る姿でみんなを笑顔にしたい」。口癖のように何度も言う。大学2年の冬、バイク事故で右脚を失った日。静まり返った病室で、そう心に決めた。「『バイクを買うのをやめてたら』と母が自分を責めたり、友達が泣いたり。僕がみんなの元気を奪うのは嫌や」。つらいリハビリも、初めてジョギング用義足を履いたときも、ずっと前を向いてきた。

 急成長ゆえに、ほころびも出る。「左右の脚の筋力差がまだ大きい。右脚が速度についてこれないことがある」。この1年で、右太ももは肉離れや筋膜炎を起こし、万全でない時も多かった。それでもさらなる進化に向け、7月下旬のジャパンパラ陸上(岐阜市)からは、義足を従来よりやや長く、素材も硬いものに変える。「しっかり踏み込まないと反発が来ない。筋力をもっとつけないと」

 11月の世界選手権(ドバイ)では「最低でも11秒1〜2を出して決勝に進む。そうしないと東京パラリンピックでメダルは争えない」と口元を引き締める。次はどんな大きな一歩を見せてくれるか。無限の可能性を秘めた走りが、新たな扉を開くかもしれない。 (兼村優希)

<いたに・しゅんすけ> 1995年4月2日生まれ、三重県大紀町出身。SMBC日興証券所属。カーレーサーを目指して初レースを控えた東海学園大(愛知)2年の2月にバイク事故で右脚膝下を切断。男子100メートル(義足T64)のアジア記録保持者。

<パラ陸上> 五輪と同じく、トラックとフィールド、ロードに分かれる。障害の種類や重さでクラス分けされ、種目やクラスによって義手や義足、車いすなどの用具を使う。視覚障害の選手には「ガイド」「コーラー」と呼ばれるアシスタントがつくことも。東京パラリンピックでは、異なる障害の男女4人で400メートルを走る新種目「ユニバーサルリレー」が実施される。

 

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