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【東京新聞フォーラム】

フォトジャーナリズムの現在

 東京新聞フォーラム「フォトジャーナリズムの現在」(東京新聞主催)が十月二十七日、横浜市中区のニュースパーク(日本新聞博物館)で開かれた。同館で開催中の企画展示「密着!写真部@新聞社〜東京新聞のレンズから〜」の関連イベントで、フォトジャーナリスト安田菜津紀さんの基調講演に続き、インターネット放送局OurPlanet(アワープラネット)−TV(ティービー)の白石草(はじめ)代表、本紙写真部の嶋邦夫記者も加わり、写真部の田中健総括デスクをコーディネーターにパネルディスカッションを開催。報道写真の今とこれからを話し合った。

◆主催あいさつ 稲熊均・事業局長

 三十年以上記者をしてきて、言葉を尽くして原稿を書いても、一枚の写真にはかなわないと脱帽することがままあった。報道写真の意義や可能性、問題点を論じ合っていきたい。危険地域での取材を巡る「自己責任」論、新聞と映像のあり方などにも言及できればと思う。

基調講演で写真を見せながら話す安田菜津紀さん

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◆基調講演 安田菜津紀さん 私たちは現状を「知る責任」とどこまで向き合えているのか

 二〇一一年の東日本大震災以降、義理の父母が暮らしていた岩手県陸前高田市を取材してきた。義父は一命をとりとめたが、義母は約一カ月後に遺体となって発見された。

 そのころ、何万本もの立派な松林だった「高田松原」から、一本だけ津波に耐え抜いた松を、私は「希望」として撮り、発表したことがあった。ところが義父はこの一本松を「波の威力の象徴だ」と悲しんだ。私が探していたのは、破壊されてしまった街を前にして苦しみから逃れるための、自分にとっての希望だったのかもしれない。

 その後、市内の小学校で行われた入学式の記念写真を撮影する手伝いをし、二人の新入生にシャッターを切りながら気づかされた。この日のために非日常を耐え抜いてきた新入生や家族、奔走してきた先生、全国から物資を送ってくれた人もいて、私が写真でできる役割はほんの一握り。大切なのは、それぞれができることを、少しずつ持ち寄ることだった。

 もう一つ、大切なことを教わった。縁あって通ってきた、市内の米崎小学校の仮設住宅で、これまで続けてきたシリアの取材の話をしたことがあった。すると「シリアの子どもたちが冬を越せるように」と、住人の方々が古着を集めてくださった。自治会長は「故郷が傷つく痛みを自分たちは知っているけど、国を追われることまではなかった」と話してくれた。現場を往復する人間として「懸け橋」になれるよう努め続けたいと思う出来事だった。

 シリアで武装勢力に拘束されていたフリージャーナリストの安田純平さんが解放され、また自己責任論という言葉が飛び交っている。シリアではまだ多くの街で、日常を取り戻すには程遠い状態が続いている。「自己責任」と批判する前に、私たちは現状を「知る責任」とどこまで向き合えているのだろうか。

<やすだ・なつき> 1987年、神奈川県生まれ。上智大卒業後、studio AFTERMODEに所属。現在、カンボジアを中心に、各地の貧困や災害を取材。東日本大震災以降は岩手県陸前高田市などの被災地の記録も続ける。「HIVと共に生まれる〜ウガンダのエイズ孤児たち〜」で第8回名取洋之助写真賞受賞。

嶋邦夫・写真部記者

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◆パネルディスカッション どんな狙いで伝えるか

 田中健写真部デスク (開催中の企画展示を見て)報道写真を撮る特殊な現場環境に驚かれた方も多いと思う。感想は。

 安田菜津紀さん あらためて過酷な環境だと思った。ただ、学生さんは「これでは、写真で伝える仕事は無理」と思わないで。私たち(フリーランス)は落ち着いて人の生活に入らせてもらうこともある。日常に寄り添うという振れ幅もあると知ってほしい。

 白石草さん 写真は電送だが、映像は容量が大きいので中継車がないと直接送れない。市民のスマホ動画のほうが、フットワークの良さで、現場に近いものが撮りやすくなっている面もある。テレビのジャーナリズムも過渡期にある。

 田中 海外と日本の違いは感じるか。

 安田 解放されたフリージャーナリストの安田純平さんの行動をめぐり「自己責任論」が出ていることについて触れておきたい。イラクでは、いろいろな国のジャーナリストが集まるが「自己責任という概念がない」とよく聞いた。オランダ人ジャーナリストは「(自己責任と批判する)バッシングにエネルギーを使うより、ここで何が起きているのかを知るのに力を割くべきでは」と言っていた。「なぜそこに行くの」という問いは「なぜ知る必要があるの」と表裏一体。現地を知りたいと思える伝え方をできるかが私たちに問われてくる。

白石草さん

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 白石 日本では、どうしても記者クラブ発のニュースが多く出てくる。当局発表に縛られ、こぼれ落ちているものがたくさんあると言えるのでは。

 嶋邦夫写真部記者 米国で写真の勉強をしたが、日本の新聞写真は小さなスペースに情報を詰め込みすぎだと言われた。日本では、どこの新聞社も、一枚の写真にいろいろな情報を入れろと教える。米国は余白を生かした写真を撮る。

 田中 報道写真は初動が命だが、時間がたつと節目でしか報じないと批判される。違和感はあるか。

 安田 情報としてニュースは大切だが、一方で常態化したものはニュースとして載りづらい。ただ日がたつほど問題は根深くなる。(フリーランスと新聞社の)役割分担が大切だと思う。私たちは細く長く取材し、新聞社は節目で来るがより多くの人に伝える。互いの利点を生かして手を携えれば、より幅広くできるのでは。

 白石 海外メディアのように他の媒体やフリーランスと協力し、いいものは載せ、情報交換も深めていければいいと思う。

 嶋 現場で何が起きているかをまず知らせるのが新聞やテレビ。初動を大切にするのは伝えるノウハウがあるから。時間をかけて人に寄り添いたいとも思うが、朝夕刊の締め切りに追われてしまう。

 白石 今では、何か災害や事故が起こると皆スマホを向ける。情報ではあるが、ただ撮れたもの。どのような狙いで伝え残すかの意識が報道写真では重要で、これからの時代こそ大切になる可能性がある。

田中健・写真部デスク

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◆誰もが「撮れる」時代、何を

 開催中の「密着!写真部@新聞社〜東京新聞のレンズから〜」の関連で開いた東京新聞フォーラム。基調講演で安田菜津紀さんは、被災地などの現状を報告。パネルディスカッションでは白石草さんが、インターネット上などに写真や映像があふれる中、報道写真は何をすべきかを問いかけてくれた。

 穏やかだった2人の表情が一変したのは、テーマの中心が難民や被災地に移ったとき。なかなか現状を理解されないことへの不満と報道の難しさを訴えていた。「伝える」ことへの信念の強さに敬服した。

 誰もがカメラやスマホを手にして簡単に撮影できるようになった今、写真で何を伝えるべきなのか。2人の指摘を写真部の課題と受け止め、新聞報道にふさわしい写真を追求したい。 (写真部デスク・田中健)

<しま・くにお> 東京新聞(中日新聞東京本社)写真部記者。1993年入社。2006年、米国留学。イラク戦争、スマトラ沖地震、東日本大震災などを取材。09年、新聞協会賞を受賞した東京新聞の写真連載「東京Oh!」取材班。

<しらいし・はじめ> 放送局勤務を経て、非営利の独立メディア「OurPlanet−TV」を2001年に設立。環境・人権・教育などの分野で、マスメディアでは扱いにくいテーマを中心に番組を制作する傍ら、一般市民向けのワークショップを展開。東京電力福島第一原発事故に関する報道に力を入れ、科学ジャーナリスト大賞などを受賞。

<たなか・けん> 東京新聞(中日新聞東京本社)写真部総括デスク。1986年入社。アトランタ五輪、長野五輪、ペルー日本大使公邸人質事件などを取材。2000年からデスク。

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<密着!写真部@新聞社〜東京新聞のレンズから〜> 新聞社のカメラマンに焦点を当て、報道写真の歴史や取材の舞台裏を紹介。ニュース写真や東京の風景をユニークな視点で撮影した写真、日本に10本程度しかない巨大望遠レンズ、オリンピック取材のビブスなど計約60点を展示。入館料は一般400円・大学生300円・高校生200円・中学生以下無料。12月24日まで開催。

 

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