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【東京新聞フォーラム】

「人生100年時代を生きる」 生涯笑って!踊って!!未来のシナリオ描こう

会場には、大勢の聴講者が詰めかけた

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 東京新聞フォーラム「人生100年時代を生きる」(東京新聞主催、西京信用金庫、関節ライフ特別協賛)が7月20日、東京都千代田区の日本プレスセンターで開催された。第1部は「ひょうげもん一代記」と題して、コメディアンの小松政夫さんが基調講演。第2部では、本紙論説委員の富田光が司会を務め、東洋経済新報社の書籍編集者、佐藤朋保さん、西京信用金庫理事長の北村啓介さん、埼玉協同病院整形外科部長の桑沢綾乃さんが長寿社会の生き方などを話し合った。

◆キーワード【人生100年時代】

 人口が減少局面に入る中、長寿化は年々、進行し、かつてない高齢化社会を迎えようとしている。この構造変化に対応して、高齢者雇用の延長、年金・医療・介護の制度改革など多くの政策が議論されている。

◆主催者あいさつ 東京新聞代表・菅沼堅吾

 令和最初の東京新聞フォーラムに多くの方に来ていただき、感動しています。二倍以上の倍率で、応募開始から数日で定員を超えました。楽しく、元気に、年を取っていく参考になればと思います。新聞は脳の刺激になり、認知症予防になります。末永く本紙をよろしくお願いします。

◆第1部/小松政夫さん一代記 営業マン時代、植木等さん…「どーかひとつ」に電線音頭も!

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 私も今年で七十七歳になりまして、九州博多の生まれです。おやじはとても厳しくて、九州男児の塊のようでした。食事中はひと言もしゃべっちゃいけない。私がニンジンが嫌いだったのでよけたら「なにしよっとか」と、象牙の太いはしでバシっと額をたたかれた。血がぽたりとご飯に落ちたけど、私も「ひょうげもん」(ひょうきん者)なのでへこたれない。「わーい、めんたいこご飯だ。おいしくなった」と騒いだら、また怒られました。

 家は裕福でしたが、おやじがぱたりと亡くなって、残った多額の借金を抱えておふくろが一人できょうだい七人を育ててくれました。定時制の高校に通いながら、博多の老舗菓子店で働きました。それから役者になろうと上京し、俳優座を受けるだけ受けたら合格。ところが、入学金が払えない。どうにもならないので役者は諦め、アルバイトをすることになりました。

 いろんなバイトをしましたが、苦労はほとんどなく、楽しかったですね。魚屋、はんこ屋、花屋、ケーキ屋、薬問屋。その後、複写機のセールスマンになって口八丁手八丁で売り込みをしました。横浜トヨペットに営業へ行って、総務課の女性に「彼氏の写真を複写しますよ」と声をかけると、女性は「彼氏、いませんよ」。「じゃあ、これを彼氏にしてください」と俳優のアラン・ドロンの写真をコピーして手渡したら、みんな大笑い。

基調講演で大きなアクションやユーモアを交えて人生を振り返る小松政夫さん。最後に「電線音頭」を披露した(中段右から2枚目)。

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 そんなことをしているうちに、総務課の向こう側から、じっとこちらを見ている人がいるんですね。ブルドッグみたいな顔で。ある日、その人が大股でこっちに近づいてきて、いきなり、私の胸に腕を打ち付けて「空手チョップだよーん」。その人は三十四歳の若さで営業部長をしていたやり手の方で、「俺の下で働け」と勧誘を受けました。

 横浜トヨペットでは、私のはやり言葉がたくさんできました。「知らない、知らない」「どーかひとつ」「なにをユージロー、シマクラチヨコ」。全部、元は先輩の言葉です。

 営業のノルマが十台の時に、私は二十二台売りました。免許証を持っていない人にまで車を売りましたよ。ある月末、チーム全体でノルマに一台足りない時があり、午後十時に営業部長が「あしたまでに、何とかならないか」とお願いしてきました。私は、その免許証を持ってなかった方のお宅に行って「仮契約で良いのでお願いします」と頼み込みました。するとその方は「わかった。だけど条件が一つある。一週間に一日、うちに来て一緒にご飯を食べられるか」って。泣いて泣いて感謝しました。

 月に何十万円と稼げるようになり、そんな中での息抜きは、行きつけのビアホールで毎週日曜の午後六時から七時まで、カラーテレビを見ることでした。『てなもんや三度笠』が六時から、『シャボン玉ホリデー』が六時半から。私は植木等の大大大ファン。ある日、そのビアホールに置いてあった週刊誌に三行広告があって「植木等の付き人兼運転手募集」。大草原で四つ葉のクローバーを見つけたような気がしました。

 付き人の面接では、六百人の中からただ一人選ばれました。初めて植木さんにお会いしたときに「俺のことを何と呼ぶ」と聞かれ、「おやじさんはどうでしょうか」と言うと「それ、いいね。君はお父さんを早くに亡くしたそうだから、私を父親と思えば良いよ」と言ってくれました。

 あるゴルフ大会が終わって私が車寄せに駆けつけた時のことです。私がドアを開け、乗り込もうとした植木さんが、居並ぶ政界やスポーツ界の大物に向かって「この男はいずれ大スターになりますので、以後お見知りおきを」。私は震え上がりました。

 その帰り道、食事をとろうとそば屋に寄りました。私は迷わずかけそば。植木さんは天丼とカツ丼。料理がくると「いけね、医者に油もんは止められていたんだ、おまえ、食べてくれ」。初めから仕組んでいたんですね。植木さんは一事が万事、そういう人でした。

 人生百年といいますが、植木さんは八十で亡くなりました。私はあと二年余、できる限りのことをやりたいと思います。  

<こまつ・まさお> 1942年、福岡県生まれ。日本喜劇人協会会長。高校卒業後、植木等の付き人兼運転手を経てデビュー。映画やテレビに多数出演、コメディアンとしても「デンセンマンの電線音頭」のヒットなどで知られる。

◆第2部/長寿社会のお金、健康、家族  【司会】東京新聞論説委員・富田光

◇西京信用金庫理事長・北村啓介さん「70歳まで働ける仕組みを」

◇埼玉協同病院整形外科部長・桑沢綾乃さん「『筋肉貯金』も老後の備え」

◇東洋経済新報社書籍編集者・佐藤朋保さん「家族の役割を固定しない」

西京信用金庫理事長・北村啓介さん

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 富田 人生百年時代を生きるのに必要なお金と健康と家族について議論したいと思う。六月、年金二千万円問題があったが、どうすればいいのか。

 北村 金融庁の金融審議会の報告書には、若いときは株や債券などに少額ずつ投資し、定年後はリスクの小さいものを扱うこと、定年間近には退職金や住宅ローンをしっかり見て、お金の計画を立てなさい、ということが書いてある。ただ、収入や支出は人それぞれ。戦後の混乱期を生きた方、バブル期にマイホームを莫大(ばくだい)な価格で買わざるを得なかった方、就活の時が不況だっただけで就職できなかった人もいる。一人一人のマネープランを築き上げていく必要がある。

 佐藤 「LIFE SHIFT」(ライフシフト)という本を担当した。人生百年時代だと、最近、新聞、テレビでよく取り上げられるが、その変わり目になった本だと思っている。平均寿命はどんどん延び、老後が長くなるので、現役のときに現役の人生を支えつつ、老後のお金を全部ためるというのは難しい。長く働かざるを得なくなってきている。なるべくなら自分の好きな、やりたいことを見つけて、長く働くような人生を組み立てた方がいいんじゃないか。

 富田 西京信用金庫の取り組みは。

 北村 マネープランは、このお客さまには何が必要だろうということを一緒に考えるところからスタートする必要がある。お客さまの立場に立つファイナンシャルプランナーの資格を職員の85%が持っている。ただ、お金がどのくらい必要かは、なかなかすべて見抜けない。金融恐慌や大地震など、いつ何が起こるかは分からず、すべて備えることは難しい。せめて、いまの消費を多少なりとも抑え気味にし、ためるものはためるのが大事なんだなと思う。

 もう一つ、ともかく長く働くのが大事。西京信金では七十歳ぐらいまでは働けるような仕組みにしたい。

 富田 長く働くには健康が前提だ。

埼玉協同病院整形外科部長・桑沢綾乃さん

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 佐藤 いま編集している本には、睡眠と社交ダンスがいいと書かれている。社交ダンスは相手に合わせて動く、動きをそろえる過程で会話が生まれる、肌がふれ合う刺激、運動と、体にいい要素が全部入っている。

 桑沢 楽しそう。やっぱり、どんなスポーツでも続けていくことが大事だと思う。日本人は、平均寿命は八十歳を超えているが、健康寿命は七十代。最期まで元気に生きたいと思うと、動けることが一番大事だ。日本整形外科学会では、ロコモティブシンドローム(運動器症候群)という言葉を提唱し、筋力が落ちて歩けなくなるような状況をなくそうと運動している。筋肉も貯金をして、長い人生に備えるのがすごく大事だ。

 富田 筋肉の貯金方法を教えてほしい。

 桑沢 専門の下肢の関節を例にすると、日本人は痛くても我慢して生活している人が多い。痛みが出ないように、かえって動かないことが筋力を落とす原因になっていることがすごく多い。膝の関節などが痛くなったら、早めに治療を受けることも大事。七十代、六十代の方も、あと三十〜四十年生きるかもしれないと考えれば、筋力が残っているうちに(手術をして)人工関節に替え、新しい足で元気な生活を送る選択肢もある。もう少し体に投資してもいいんじゃないか。

 富田 手術は怖い。痛みを緩和する医療も進んでいるか。

 桑沢 人工関節の手術は、手術方法や機器の進歩だけでなく、関節外科医も、患者の満足に目が向き、手術後に痛みがでないような処置や、傷がきれいに治るようにする工夫をするようになってきている。

 富田 いい医師とは、どう出会ったらいいか。

 桑沢 患者さんに寄り添っているドクターを見つけたら、ついていけばいいと思う。「あの先生すごくいいよ」というクチコミを聞いてもらうのも一つだと思う。

東洋経済新報社書籍編集者・佐藤朋保さん

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 富田 佐藤さんは交友関係や家族の観点でいま考えていることがある。

 佐藤 はい。ライフシフトでも、パートナー関係が重要になると書かれている。旦那さんが仕事に専念し、奥さんが家を守り、地域の人脈をつくるというのは、お金的には非常にリスキーな生き方だ。片方が一方的に稼ぐと、健康を害したときにどうなるのか。共働きで、自分が勉強しているときには奥さんの稼ぎに頼り、逆のケースもあるのが、理想的な家族関係と言われている。

 富田 副業とか、技術の学び直しとかは、なかなか踏ん切りがつかない。

 佐藤 週刊東洋経済でライフシフトをしている人の特集を組んだとき、二つの場合があった。その一つはパートナーと未来を見てよく話し合うこと。未来のシナリオをつくる想像力があるのが人間の強み。それができている人はすごく強いと感じる。親の介護で出身地に戻らなくてはいけないという介護離職も踏ん切りの一つになる。

 富田 日本人は夫婦関係を語ることを避けるところがあるが、助言は。

 佐藤 家族の役割分担を固定すると、価値観が隷属の関係になってしまう。いままでであれば男性の価値観が優位に立ち、女性の価値観が抑えられていた。お互いに何を大事にしているかを表明した上でちゃんと話し合うことが長く続く関係だということが、本に書いてある。

<きたむら・けいすけ> 熊本県生まれ。1972年3月に立教大経済学部卒業後、日本銀行に入行。その後、西京信用金庫に入庫し、2012年7月に理事長就任。

<くわさわ・あやの> 2001年に東京女子医科大を卒業。川崎市立川崎病院、青山病院、東京医療センター、秋山脳神経外科内科病院を経て、10年から埼玉協同病院に勤務。

<さとう・ともやす> 1973年、秋田県生まれ。約20年にわたり書籍編集に携わり、2012年からは翻訳書担当として版権取得なども行う。担当した書籍に「ライフシフト」など。

<とみた・ひかる> ウィーン特派員、経済部長、特別報道部長を経て現職。

 

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