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【群馬】

館林・陣谷遺跡 古代の木製馬鍬出土 県内初、ほぼ完全な形で

全体が出土した古代の馬鍬=館林市で

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 県埋蔵文化財調査事業団が発掘調査している館林市楠町の陣谷遺跡で、古代に水田で馬や牛が引いた木製の鍬(くわ)「馬鍬(まぐわ)」がほぼ完全な形で出土したことが分かった。事業団と県教育委員会によると、一部破損した歯も近くにあり、古代の馬鍬が全体で出土したのは県内で初めて。幅は約一・五メートルあり、専門家は「古代の馬鍬の中でもこれだけ保存状態が良く、大きいのは全国的にも貴重だ」と話す。 (菅原洋)

 馬鍬は田植え前に水を入れた水田で、人が牛馬に引かせて土をかきならす農耕具。県内でも、平均の幅が約九十センチで歯が鉄製の物を昭和まで使っていた。

 陣谷遺跡は城沼東側の湿地帯にあり、事業団は県道の整備に伴って発掘している。馬鍬は一月下旬、地表から約二メートルの粘土層から出土。粘土層の含む水分により、良好な状態を保ったとみられる。約一メートル上に一一〇八年の浅間山噴火による火山灰層があり、時代が平安以前なのは確実だ。

 馬鍬は古墳時代の四世紀末ごろに大陸から伝来し、当時はそれ以降の時代に比べて出土した馬鍬のように幅が大きく、歯も長いのが特徴。耕作時は牛馬が引く馬鍬の後ろに人が立ち、本体に付く二本の柄を両手で持ったが、柄の付き方も出土した物は古墳時代当時に近いという。

 このため、古代の牛馬耕を研究する事業団の元調査研究員で、現地も視察した県教委の斉藤英敏係長は「出土した物は古墳時代までさかのぼる可能性がある。馬鍬の伝来が水田耕作の技術を大きく進化させた」と指摘している。

 出土した馬鍬には長さ約四十五センチの歯が十二本付き、欠けた一本は近くにあった。二本の柄も約五十センチずつ残っていた。本体の両端には、牛馬とつなぐ縄を結ぶ「引き棒」を差し込む穴が一つずつ開いていた。

 現地で発掘を担当する事業団の関口博幸主任調査研究員は「馬鍬の構造や水田農耕の仕組みを解明するため、非常に貴重な手掛かりとなる。今後は木材の年代を分析して特定したい」と話している。

 

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