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【群馬】

<東日本大震災8年>穏やかな暮らしへ、活動区切り 福島からの避難者交流の会「遊・ゆう」

地元地区の文化祭で、作品を展示する遠藤節子さん(右から2人目)と生徒の女性ら=富岡市の額部公民館で

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 東京電力福島第一原発事故で、福島県から群馬県内に避難した女性3人で発足した交流の会「遊・ゆう」が今月末で活動を終える。避難者同士や避難先の住民らとの交流活動を続けて3年。福島への思いは変わらないが、東日本大震災から8年となり、活動を支える助成制度や寄付が減少する中、「避難者も地域に根付きつつある。一区切りする時期」と判断した。メンバーは「築いた絆を大切に、穏やかな日常を取り戻したい」と話した。 (石井宏昌)

 遊・ゆうは、原発事故で避難指示が出された福島県南相馬市小高区から富岡市に移り住んだ遠藤節子さん(69)と、同県浪江町から伊勢崎市や高崎市に来た女性が二〇一六年に始めた。

 遠藤さんが富岡市の自宅を支援者らに開放して避難者の交流の集いを開くうち「助けてもらうだけでなく、自分たちで何かしよう」と女性二人と協力し、同年四月に遠藤さんの自宅で初開催。翌月からは、避難者支援に取り組む市民グループ「ぐんま暮らし応援会」(高崎市棟高町)の事務所で毎月、お茶会や絵手紙、陶芸などの体験教室を開いてきた。

 避難先での寂しさや孤独な思いを話せる居場所であり、地元の人を体験教室の講師に招いて地域とつながる場でもあった。

 だがメンバーで一九年度以降の活動を考える中で「それぞれが避難先で自立しつつある」と終了を決めた。

 資金面でも難しい時期に来ていた。金融機関が設けた避難者支援活動の助成制度などを活用し、体験教室の講師の謝礼など活動費に充てていたが、震災から時がたつにつれ、助成制度や寄付も減っていた。今月二十七日が最後の開催になる。

 三年間で会の参加者は延べ二百人以上。「残してほしい」「別の形でもいいから続けて」という声もあったという。遠藤さんは「心のよりどころとして私自身が救われた。出会いが広がり感謝している」と振り返る。

 遠藤さんは今、自宅近くの公民館で古い和服を洋服に仕立て直す教室を開き、地元の主婦らに教えている。今月三日には公民館であった地元地区の文化祭で生徒らと作品を展示した。

 「避難生活で、不安を忘れようと独学で覚えた縫い物が役に立つなんて。震災と原発事故で奪われた穏やかな暮らしをこれから取り戻したい」と話す。

遊・ゆうの1月の集会で、陶芸を体験しながら交流する参加者=高崎市で(遠藤節子さん提供)

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