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【群馬】

<志尾睦子のそふとフォーカス> (68)県内ふらり旅

常祇稲荷(つねぎいなり)神社の神狐のりりしさに思わずパシャり=いずれも桐生市で

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 ここのところ東京通いが続いている。少し前までは、せっかく東京まで行くのだから、もとい、そうそう行けないのだから、行けた時にできるだけ楽しんでこようと思っていたものだけれど、近頃はすっかり、東京はいつでも行けるところになった。だから、用事のある時間を目指して行き、所用が済めばすぐに帰る。

 自分ではなんてことないけれど、東京で私に会う人たちは大抵の場合「わざわざ大変ですね」「今日はお泊まりですか?」とおっしゃる。車を走らせれば都内まで約一時間半、新幹線では一時間、湘南新宿ラインを使えば渋谷まではおおよそ一時間半ですよというと、また驚かれる。距離の遠さというよりは、心理的距離が遠いのだろう。確かに交通費がかかるとはいえ、在来線は往復四千円。毎日飲みに行っているあなた方よりもよっぽどいいお金の使い方だと思う、というのは言わないようにしている。

 さて。そんな東京通いの日々の中、ふと県内の方が全く足を延ばしていないなと気がついた。学生時代や社会人数年目の間はそれこそ車で県内幅広く行けるところは行っていたのになあ、と懐かしく思い出にふける。

 ふらりと気軽に東京へ行こうと思うわけなのに、同じ時間を要する県内の方がためらいがちでなかなか足を向けていないなあと思ったら、落ち着かなくなった。思い立ったが吉日だ、と先日前橋に出かけた際にそのまま車を走らせて桐生へ赴いた。ふらり旅の目的は桐生にある私の産土神社(うぶすなじんじゃ)。

 私は高崎生まれの高崎育ちだが、母が私を身ごもったのは桐生だった。姉が数年暮らした場所だ。父の出身の北海道も母の出身の東京も、そして私が生まれる前に志尾家が暮らした桐生も、私の心理的距離が近い場所だ。気持ちは近くても実際に足を向けていなかったのが桐生。いつでも行けると思っているところほど足が遠のくのだ。(シネマテークたかさき総支配人)

産土様の白髭神社ではお参りに専念して写真を撮らず。これは道中で発見した雷電神社

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