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【群馬】

日航機墜落事故34年 思い胸に御巣鷹を慰霊

犠牲となった弟加藤博幸さんの墓標に次男隼也さん(中央)らと訪れた小林由美子さん(手前)=いずれも上野村で

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 乗客乗員520人が亡くなった日航ジャンボ機墜落事故から34年を迎えた12日、多くの遺族らが墜落現場となった上野村の「御巣鷹の尾根」に慰霊登山した。登った遺族は276人だった。遺族らはさまざまな思いを胸に抱き、墓標に向き合った。 (市川勘太郎)

 「袋に入ったマイクが墓標にお供えされていました。きっと弟の友人が慰霊登山をした時に持ってきてくれたのだと思います」。弟の加藤博幸さん=当時(21)=を亡くした、さいたま市の小林由美子さん(60)は、三十四年が経過した今もなお、家族以外にも慰霊登山をしてくれている友人の存在を喜んだ。

 博幸さんは素人のコメディアンとして、テレビに出演するなど活躍していた。お笑いの腕を磨こうと年に数回、大阪に出張していた。事故の日は珍しく「大阪に飛行機で行ってくるから」と実家に電話があり、由美子さんが博幸さんの最後の声を聞いた。由美子さんは「出張前に連絡をしてきたのはこの時が初めてだった。いつもは新幹線なのに、仲間がいるからと飛行機にしたと聞いた」と当時を振り返った。

 出張の後には飲食店のマネジャーになる予定だったという。「子どもの時から物まねで人を笑わせるのが得意だった。生きていたらもっと多くの人を笑わせて幸せにしてたのかなと思う。登山をしてくれる友人に感謝です」と語った。

 由美子さんの夫邦夫さん(58)、次男隼也さん(29)、長女奈々さん(22)も慰霊登山に訪れた。隼也さんは祖父が作り、機体が山に接触して山肌がV字にえぐれた写真のテレホンカードをお守りとして肌身離さず持ち歩く。

 隼也さんは「祖父は御巣鷹の尾根への二百回登山を目標にしていたが、達成できずに亡くなった。祖父が使っていたリュックサックと共に二百回を目指し、超えても登り続けたい」と意気込んだ。奈々さんは「マイクがお供えされていて驚いた。博幸さんの人となりを感じられた」と話した。

加藤さんの墓標に供えられたマイク

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 父の若本昭司さん=当時(50)=を亡くした神奈川県大和市の若本千穂さん(54)は今年六月ごろ、家の建て替えのため荷物を整理していたところ、父が使っていた仕事かばんを見つけた。中には時計もあり、取り出した途端動きだした。

 時計は自動巻き時計で、千穂さんは「ふと時計を見たら動きだしてとても驚いた。父は仕事人間だったが、スーツ姿がかっこよかったのを思い出した」と懐かしむ。登山には息子の崚(りょう)さん(27)と妻、孫の詩葉(しよん)ちゃん(1つ)も同行。「時計は自分が娘だったことを思い出させてくれた。見つけたことを墓標に報告したので、自宅の仏壇に飾ります」と話した。

父の時計について話す若本千穂さん

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 大阪府の河瀬徳久さん(57)は姉の尋文(ひろみ)さん=当時(24)=を亡くした。ディズニーランドに行った帰りだったという。徳久さんは「この場所に来ると、道なき道を登った事故当時のことを思い出す」と語る。飲酒問題など飛行機に関連する不祥事について「事故を忘れないでほしい。航空業界全体で安全に努めてもらいたい」と語気を強めた。

 

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