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【群馬】

<つなぐ 戦後74年>平和の尊さかみ締め 県戦没者追悼式に1700人 

平和への誓いを読み上げる若者代表の高校生2人=前橋市で

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 終戦から七十四年を迎えた十五日、県戦没者追悼式(県主催)が前橋市の県総合スポーツセンターで営まれ、遺族約千百人を含む約千七百人の参列者が平和の尊さをかみ締めた。激戦地だった西太平洋のパラオ諸島で叔父を失った男性は、子どものいなかった叔父が当時は高価だった木製の三輪車を贈ってくれた思い出を胸に故人をしのんだ。 (菅原洋)

 「叔父は東京のデパートで三輪車を買ってくれ、何度も乗った。当時は珍しくて、近所の子どもたちと取り合いになるほど。優しく、いい叔父さんだった」。高崎市の元会社員、友松由一(よしかず)さん(81)は追想する。

 叔父の三郎さんは戦前にまず中国の旧満州へ出征し、パラオ諸島へ行く前に友松さんの家へ寄った。その際に三輪車を渡された。

 「叔父は結婚していたが、子どもがなく、自分を自身の子どものように思ったのだろう。叔父が亡くなった後は、その奥さんが自分をかわいがってくれた」と述懐する。二十代で戦死した叔父の遺骨は戻らず、骨つぼ代わりの木箱の中は小石一つだけだったという。

 叔父への思いが募った友松さんは六年ほど前、パラオ諸島を訪問。「青く澄んだ海と対照的に、戦車や鉄かぶとの残骸が点在していた。こんな所で亡くなり、寂しかっただろうと涙がこぼれた」と振り返る。

 「戦争はこうして人々のつながりを引き裂く。本当に悲惨だ。この思いを子どもや孫たちに伝え続けたい」と言葉に力を込めた。

 追悼式は五十七回目を迎え、山本一太知事が「苛烈を極めた戦場において、古里のご家族に思いをはせながら倒れた方々などのご無念を思うと、万感胸に迫り、哀惜の念に堪えない」と式辞を述べた。

 若者代表として桐生高二年の出口恭聖さんと桐生女子高二年の義山美海(みう)さんが「世界各地で起きている紛争や武力衝突で尊い命が失われており、多くの子どもたちが自分の夢を語れる環境にありません」と平和への誓いを読み上げた。最後に参列者の代表らが祭壇へ献花した。

 県によると、県内出身の戦没者数は軍人らと民間の計約五万人だった。

 

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