東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 群馬 > 記事一覧 > 11月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【群馬】

高崎の上野国多胡郡正倉跡 国史跡に指定へ

北端で検出された大型の正倉跡の礎石と遺構=高崎市で(市教委提供)

写真

 国の文化審議会が15日、国史跡に指定するように文部科学相へ答申した高崎市の「上野国多胡郡正倉跡」は、近くの国特別史跡「多胡碑」に刻まれた多胡郡の建郡に伴って8世紀前半に建立された。古代郡役所の実態や律令(りつりょう)国家の税の徴収、地方支配を考える上で全国的に重要な遺跡と評価された。 (菅原洋)

 県と高崎市の教育委員会によると、指定面積は同市吉井町池の市有地と水田や畑などの民有地の計約二・八六ヘクタール。高崎市教委が二〇一一〜一六年度に進めた調査で発掘された。北へ約三百五十メートルの鏑川沿いには、七一一(和銅四)年に多胡郡を建郡したと刻む多胡碑がある。

 正倉跡は徴収した稲などを収納する倉庫群。区画は南北約二百十メートル、北辺は東西五十五メートル以上で、幅二〜三メートルの溝で囲まれる。

 区画内で礎石建物は二棟検出され、このうち北端の正倉は県内では唯一の瓦ぶきだ。東西約十七メートル、南北約七メートルの大型建物で、正倉の中で最も格が高く、威信をかけた高い技術で八世紀半ばに建立されたとみられる。他にも礎石とみられる大型の石や瓦などが出土し、多くの建物があったと推定される。今回の指定により、県内の国史跡は五十二件となる。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報