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【群馬】

<志尾睦子のそふとフォーカス> (98)朝のお茶生活を再開

棚の奥から取り出しテーブルの上にかごをおく。お気に入りのお茶コーナーの出来上がり

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 年末のこと。予定していた舞台に行けなくなり、友人にチケットを譲ったら、お返しにと立派なお茶が届いた。桐(きり)の箱に入った緑茶だ。緑茶、紅茶、中国茶などお茶類はとても好きなので、素直に喜びながらも、私よりも若いその女子のセレクションとしては随分渋いなと思ってしまった。私に合わせて渋いセレクトをしてくれたのかと思うと、それもまたかわいらしくほほ笑ましいが、なぜお茶にしてくれたのかと聞いてみた。すると、ご自身が毎朝お茶を飲む習慣があるのだそう。今回は私のために「お正月の朝に飲むお茶」というテーマで選んでくれたものらしい。そんな風に選んでくれたことがことさらうれしかった。

 子どもの頃は毎朝、毎食、そしてどこか出かけて家に戻ると、まずお茶を飲んでいた。お茶は身近な存在だった。母方の祖父母の家業がお茶販売店で、私が物心ついた時にはそのお店はもうなかったけれど、自然と身についたお茶との関係は母が引き継いでいたのだと思う。私もそれに慣れ親しんできた。

 母は本当にお茶の淹(い)れ方が上手だ。忙しい毎日だと私も手抜きするわよと母は笑うが、少し手間をかけて淹れる時のお茶の違いには毎度驚く。私も同じようにやっているつもりなのだが、お茶っ葉が同じであっても母がちゃんと淹れると味が違う。特に新茶の時季には、その時にしか使わない茶器があって、緑茶の色と香りをめでながらゆっくりと味わって飲む。これは格別な時間である。

 さて、家族と過ごす時間が減ったあたりから、このお茶習慣は自分の中でも薄れていき、代わりに仕事中に飲むコーヒータイムが増えていった。ここ数年は、夕食時にちょっとお茶を飲むというくらいになっていた。そういえば、数年前に雑誌で一目ぼれをして買い求めた銅製の茶筒も近頃触っていなかった。買った時に、毎日触ってあげることで茶筒が育ちますから、と言われたのに。

 友人がくれたすてきなきっかけで朝のお茶生活を再開することにした。おいしいお茶を淹れられた日は一日気分がいいものである。

 (シネマテークたかさき総支配人)

 

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