東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 群馬 > 記事一覧 > 2月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【群馬】

原発事故で自主避難の丹治さん「福島の復興はまだ先」

参加者の質問に答える丹治杉江さん(左)=高崎市で

写真

 東日本大震災から来月十一日で丸九年となるのを前に、高崎市で十一日、被災地への理解を深めようと市民団体主催の学習会があった。東京電力福島第一原発事故で福島県から群馬県に自主避難した丹治杉江さん(63)が苦悩する避難者や原発事故被災地の現状を報告。「東京五輪を機に政府は原発事故が終わったかのように強調するが、原発立地地域の復興はまだ先。福島の現状を知ってほしい」と訴えた。 (石井宏昌)

 避難の長期化によって荒れ果てた民家や耕作地、事故後の除染廃棄物を入れた大量の「フレコンバッグ」置き場と化した田畑、「被災者は帰れ」と描かれた落書き−。丹治さんは自主避難後も福島県に通って記録した映像を交えながら、事故直後の様子や事故によって荒廃していく現地の姿を説明した。

 道路沿いに立ち並ぶ住宅の映像には「原発作業員のための家。住民登録の数字で町民が戻っているように見えても、子どもの人数は激減したままで元の住民が戻っているのではない」と指摘。「原発事故は収束どころか、莫大(ばくだい)な税金を投入しても事故処理や廃炉事業は進んでいない。かつての町や家は変わり果て、支援や補償も打ち切られ、住民は政府が『帰れ』と言っても帰れない」と憤った。

 丹治さんは伊勢崎市の高校を卒業。結婚後に福島県いわき市で暮らしていたが、原発事故で前橋市に避難した。群馬県に避難した住民が国と東電に損害賠償を求めた集団訴訟の原告でもある。

 「東京五輪では福島から聖火リレーがスタートするが、そう遠くないところにまだ戻れない地域がある。避難者切り捨ての政策で避難者同士も分断された。そうした現実を知ってほしい」と丹治さん。「福島だけの問題ではない。原発は差別と分断を持ち込んだ。群馬からも原発反対の声を上げてほしい」と呼び掛けた。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報