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【茨城】

「予科練の心情 生きた証しを」 写真など遺品 自費で集め伝える

収集した遺品を持つ行方滋子さん=阿見町で

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 パイロットになるため厳しい訓練を受け、戦争末期には特攻による戦死者も多かった海軍飛行予科練習生(予科練)。土浦市の陸上自衛隊事務官行方滋子さん(46)は、インターネットのオークションサイトに出品された予科練の遺品を自費で収集し展示会も開いた。「少しでも予科練の心情を知り、生きた証しを伝えたい」との思いが原動力だ。

 行方さんは二〇〇九年、土浦海軍航空隊跡地に立つ武器学校(阿見町)の広報担当になり、そばにある予科練記念館「雄翔館」の案内に携わった。

 予科練を知るには「当時のものに触れ、学ぶことが一番」と考え、大手オークションサイトで「海軍」「予科練」と検索すると、写真や手紙が金額とともにずらりと表示された。

 出品者にはコレクターや研究者もいるが、戦後七十年以上がたち、遺品を管理していた両親やきょうだい世代が亡くなり、遺品整理で処分された例も多いとみられる。「予科練の記憶もいつか世の中から消え、風化する」と危機感を抱き、収集を始めた。

 最初に手に入れたのは日々の訓練を記録したアルバム。ハンモックのような寝床で休む写真の裏には「我々ハ一日中ニテ一番タノシミナル吊床ニ入ルト同時ニ寝リニオチ入ルノデアル」と手書きのメモがあった。

 少年らの寝顔を見ると、涙があふれた。元の持ち主の情報は「北海道出身、特攻作戦により沖縄で戦死」のみだった。「せめてゆかりの土浦に戻してあげたい」と異動後も収集を続けた。遺品のほかにも予科練の受験案内書や採用基準を書いた教官の勤務録など、百八十六点を集めた。

 予科練出身者や遺族らでつくる「海原会」事務局長平野陽一郎さん(67)によると、同会会員は現在約六百八十人。年間約二百人が他界や体調不良で退会しており、平野さんは「関心を持ってくれる若者が増えてほしい」と期待を寄せる。

 行方さんはことし四月、収集品の一部を記念館で公開した。遺族を訪れての聞き取り活動にも力を入れる行方さん。「これからも予科練に寄り添い続けたい」と話した。

 

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