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【茨城】

<ひと物語>プロより人を育てる 流通経済大サッカー部監督・中野雄二さん(56)

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 「Jリーガー八十人を輩出したが、プロの養成所ではない。サッカーを通じ、学生が人としてどう成長できるかが大事」

 流通経済大(龍ケ崎市)サッカー部の監督に就任して二十年。一部リーグ優勝を三回、大学日本一を五回の実績を残した。無名校から全国屈指の強豪に押し上げながらも、教育の大切さを強調する。

 就任当時は「専用のグラウンドも寮もない。今だから笑って話せるが、語り尽くせないほど、いろいろな問題があった。何度も辞めようかと思った」と振り返る。

 大半がたばこを吸い、ピンクや紫色の改造自動車で通う部員もいた。生活費が減った月末には、栄養バランスを考えず、しょうゆや塩を米にかけただけの食事にも驚かされた。

 それまで監督不在だった部員たちに、厳しい練習を課して反発された。抵抗する部員と取っ組み合いになったこともある。

 「最初は、早く強豪にして有名になりたい、Jリーグの監督になりたい、と野心があった」という。チームの成績が順調に伸びる中で、自身の将来よりも、部員のためを思う気持ちが強くなった。

 決して良いとは言えない練習環境なのに、「中野さんのところに行けば、プロになれますか」と入学した部員がいた。「この子をプロにしたい」と夢中で指導するうち、部員への接し方が変わっていった。

 「力でねじ伏せ、ものを言えない状態にしても、本当の統制ではない。いくらトロフィーを学校に飾っても、彼らに何か財産を持たせなければ、この先の人生で成功者にならないし、教育じゃない」

 身につけさせたい「財産」として、組織の中での社会性、責任感、忍耐力などを挙げる。サッカーの指導では、自分で考えさせることを重視する。地元でのボランティアや、少年サッカーの指導などの社会活動もさせる。

 部員寮の近くに自宅を建て、ほぼ毎朝午前五時起きで、妻と一緒に二百人分の食事を調理する。多くのプロ選手を送り出したが、Jリーグのユースチームの出身者は少ない。高校時代は無名だった部員も多い。プロになった部員も、ならなかった部員も、手塩にかけて育てた自負がある。

 「テレビでJリーグのニュースを『あいつ、活躍しているな』と見るのは楽しい。でも、卒業生がいろいろな分野で活躍していると聞かされるのが、一番うれしい」と目を細める。 (宮本隆康)

<なかの・ゆうじ(旧姓・小宮)> 古河一高サッカー部で1年生と3年生の時に全国優勝。法政大を卒業後、水戸短大付属高、プリマハムFC土浦、水戸ホーリーホックで監督を務め、1998年に流経大へ。現在は日本代表チームを強化するサッカー協会技術委員11人の1人。

 

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