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【茨城】

<ひと物語>「20代が造る酒」挑戦 看護師からUターン 青木酒造専務・青木知佐さん

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 近年、さまざまな日本酒品評会で高い評価を受けている「御慶事(ごけいじ)」の蔵元で、一八三一年から続く古河市の青木酒造。七代目の長女として生まれ、二〇一四年四月から家業を支えている。肩書は専務だが、「仕込みの手伝いや経理、配送と、何でも屋です」と笑う。

 現在、二十代の若者だけで造る日本酒の銘柄「二才の醸(かもし)」を全国の酒蔵で引き継いでいくプロジェクトに取り組む。一四年に埼玉県幸手市の石井酒造でスタートし、新潟市の宝山酒造からバトンを受け取った。「若者を巻き込めるだけ巻き込むというのが私のテーマ」と力を込める。

 大学を卒業後、看護師になり、さいたま市内の病院の集中治療室に勤務。実家を継ぐというイメージも沸かなかった。

 転機は一三年十二月。母の弥生さん(60)から、父の滋延(しげのぶ)さん(63)が家に戻ってきてほしがっていると聞かされた。当時は看護師二年目。激務にも慣れ、やりがいを感じていた。心は揺れたものの、上司の応援もあって、酒造りの世界に飛び込むことに決めた。

 ただ、それまでは職場の同僚と酒を飲みに行っても頼むのは「ビールやカシスウーロン」。日本酒の知識はおろか、飲むことすらなかった。

 家に戻ってすぐ、滋延さんの勧めで酒蔵の関係者が集う講習会に参加。「日本酒が米と水だけで造られていることに感動した」と振り返る。受講者と日本酒の飲み比べに出掛け、銘柄で異なる味わいに初めて気付き、その奥深さを知った。

 二才の醸については「面白そうなことをしているな」と気になっていたが、実際に、三代目を打診されると「軽はずみに受けていいのか、すごく迷った」。それでも「二十代で家に戻ったから、こういう体験ができる」と、今春に話を受けることを決めた。

 青木酒造に二十代は自分一人。外部の若者を巻き込もうと考えた。幸い、酒米を栽培してもらっている市内の農家から、日本酒に関心のある筑波大の学生四人を紹介してもらい、一緒に準備を進めてきた。

 目指したのは、日本酒の初心者でも飲みやすいフルーティーでインパクトのある味わい。十一月下旬までに仕込みを終えたが、その過程でも作業を手伝ってくれる若者を募集し、これまでに三十人ほどが関わってくれている。

 年明けに予定しているラベル貼りや瓶詰のタイミングでも、協力者を募るつもりだ。こういう機会をつくることで、一人でも多くの若者に日本酒に興味を持ってもらえると信じている。

 日本酒の面白さは「飲んだ時に造り手の思いや表情が伝わること」。来春に完成する三代目の二才の醸は、きっと若々しく情熱的な仕上がりになるはずだ。 (越田普之)

<あおき・ちさ> 1990年2月、古河市生まれ。茗渓学園中学校高校、自治医科大看護学部卒業。二才の醸は、今年と来年の2年分を担当する。今年の生産量は一升瓶1000本相当。自社のお勧め商品は、二才の醸でも使われている市内産米で造った「御慶事 純米吟醸ふくまる」。「米本来のふくよかな風味と透明感が食中酒にぴったりです」と太鼓判を押す。

 

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