東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 茨城 > 記事一覧 > 2月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【茨城】

<ひと物語>野球で地元に感動を BCリーグ「茨城アストロプラネッツ」設立・山根将大さん(31)

写真

 安定したサラリーマン生活を捨て、プロ野球独立リーグ「ルートインBCリーグ」に参戦する「茨城アストロプラネッツ」を設立した。すべては、大好きな野球で地元に貢献するため。夢見た開幕は四月六日に迫っている。

 幼いころから野球一筋。高校生で甲子園に出るという目標を胸に、ひたすら練習に打ち込んだ。常磐大高では最後の夏、憧れの大舞台まで二勝と迫ったが、勝利の女神はほほ笑まず、涙にくれた。

 完全燃焼を求めて進学した中央大では準硬式野球部に在籍し、三、四年時に日本一に輝いた。特に三年では、決勝で代打本塁打を放つなど高校時代の悔しさを振り払った。

 野球で思い残すことはなくなり、二〇一〇年に就職したヤマト運輸では仕事に集中。長野県に配属され、配送やクレーム対応、営業などをこなした。

 忙しい日々を送る中、たまたま入ったコンビニで、長野をホームにするBCリーグ「信濃グランセローズ」の選手名鑑を見つける。「こういうリーグがあったのか」と、気に留めるようになった。

 転機は東日本大震災。青春時代を過ごした茨城も大きく傷つき、家族や友人を思うと心が痛んだ。

 「こんな時に野球チームがあれば、元気を与えられるのに」。茨城にチーム設立の動きがないか、BCリーグ事務局へ定期的に問い合わせるようになった。しかし、チームができる気配はない。徐々に「誰もやらないなら自分でやるしかない」と思うようになった。

 覚悟を決めて事務局に電話したところ、受話器を取ったのがリーグの村山哲二代表だった。「サラリーマンでもチームを作ることができるのか」と尋ねると、「不可能ではない」との言葉が返ってきた。

 その後、村山代表と面談。「野球を通じて地域の方々に夢と感動を与える」というリーグの理念にほれ直した。そして一五年七月、会社を辞め、チーム設立へと歩み始めた。

 準備のかたわら、生活のために会社を設立し、障害者就労支援施設など、需要はあるのに県内に足りない事業に乗り出して業績を伸ばした。事業規模が大きくなるにつれ、チームを支えてくれるスポンサーの信頼も得ていった。

 一六年十二月にリーグ準加盟が決定。ところが、参戦チーム数が奇数になってしまうとの理由から、本加盟は当初予定の一七年から一年待たされた。その間、チーム運営を学ぶことができ「結果的によかった」と前向きにとらえている。

 選手も無事に集まり、三月九日からキャンプも始まる。「誰もやらないなら」と実現させた夢。「やっとスタートラインに立てる」とプレーボールの日を待ちわびながら「今でも、誰か代わってくれないかなと思っている」と笑った。 (越田普之)

<やまね・まさひろ> 1987年6月生まれ、県内出身。自衛官だった父親の転勤に伴い、小学6年の時にひたちなか市へ転入した。勝田一中では、ひたちなかボーイズに所属。常磐大高3年で外野手から捕手にコンバートされた。アストロプラネッツの設立に当たっては、水戸商出身で元中日ドラゴンズ投手の長峰昌司GMと二人三脚で活動してきた。チーム初代主将の小野瀬将紀選手兼コーチは、ひたちなかボーイズのチームメート。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報