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【茨城】

<ひと物語>浪江の老舗、新天地へ つくばの眼鏡店「グラングラス」店長・原田功二さん(42)

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 「原発事故で避難している間、店を再開する気持ちはずっと持っていた」

 福島県浪江町で一九二五年から続く「原田時計店」の支店となる眼鏡店「GRAN GLASSES(グラングラス)」を昨年四月、つくば市学園の森でオープンさせた。

 二十六歳の時、結婚を機に千葉県から浪江町へ。妻の実家の時計店で、眼鏡や時計を販売していた。見知らぬ土地だったが、商工会青年部や消防団で仲間もできた。「ゆくゆくは店を継ぎ、浪江で一生を送るつもりだった」という。

 自宅や店は、東京電力福島第一原発から数キロ。事故の翌日から、避難生活が始まった。福島県内の親戚宅や、避難者の受け入れ先の東京都営住宅などを転々とした。

 翌月には、散り散りに避難した商工会青年部の仲間で集まった。「町のために何かしよう」と話し合い、震災前から取り組んでいたB級ご当地グルメ「なみえ焼きそば」のPR活動を再開した。

 PR団体「浪江焼麺太国(やきそばたいこく)」の代表に就き、各地のイベントなどに出向いた。避難中の町民らに焼きそばを振る舞い、浪江の名前を発信した。町民たちが避難先から戻らなければ、店を町で再開するのは難しい。仲間たちが仕事に戻っても、当面は様子を見るしかなかった。

 代表を務めた二年間は、なみえ焼きそばの活動に没頭した。「町民に喜ばれ、充実感と達成感はあった」と語る。しかし、もともとは街おこしで始めた活動なのに、なかなか避難指示の解除や町民の帰還は進まなかった。「みんな一緒にいたいが、バラバラになるのかな」と考えざるを得なかった。

 千葉県内の眼鏡店に勤務しながら、店の再開を目指した。福島県内で物件を探したが、人口と既存の店舗数の兼ね合いなどを考えると、手ごろな場所は見つからなかった。

 他でも探していたところ、つくば市の再開発地区の新しい街並みに魅力を感じた。二〇一六年から準備を始め、二年がかりでオープンにこぎ着けた。四百種類以上の眼鏡フレームをそろえ、「原田時計店」のエンブレムも店に掲げた。

 原発事故後の八年を「限られた選択肢の中で、いろいろな選択をしてきたが、本当に望む形にはならなかった。たくさん不満はある」と振り返る。それでも「個人としては、いろいろな経験をして成長できた。つくばで、その経験をぶつけたい」と考えている。 (宮本隆康)

<はらだ・こうじ> 千葉県柏市出身。原発事故後は都営住宅に約1年半避難した後、柏市へ。義父が2017年秋、福島県二本松市で原田時計店を再開し、「グラングラス」は支店に当たる。グラングラスへの問い合わせなどは=電029(828)5539=へ。

 

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