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【茨城】

<ひと物語>原発事故、風化させぬ 「現代人の苦悩」を描き続ける日立市の洋画家・川井雅樹さん(68)

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 「現代人の苦悩」をテーマに絵を描き続け、今年で二十二年目。現在は、東日本大震災や東京電力福島第一原発事故を集中的に取り上げ、個展「震災支援絵画展」を開いている。穏やかな雰囲気だが「今を生きる画家として、風化を防ぐため描かなくてはならない」と使命感を口にする。

 四十六歳から日立市内のスクールに通い、絵を学び始めた。当時、多様な素材を使って紳士服を仕立てるテイラーだったこともあり、「洋服づくりと絵は似ている」と、めきめきと頭角を現した。油彩やクレヨン、パステルなど複数の画材を使いながら、鮮やかな色づかいと、絵文字の「ピクトグラム」を駆使したポスターのように仕上げる作風を得意とする。

 こうした手法で、原発事故の恐ろしさを描き出す。作品「記憶の風景−苦悩」では、丹念に描写した廃虚の原発プラントの前で、鮮やかな黄色の防護服をまとった作業員が、人に見立てた「人形」を救出する。単調な筆致は、事故の恐ろしさを伝える。

 自身も被災し、市内の自宅にひびが入るなど被害を受けた。修理に追われる一方で、幼少期からなじみのある北茨城市や福島県が甚大な被害を受けていることを知った。一一年夏から被災地を訪れた数は、百二十回に上る。

 現場を歩き、被災者や現場の作業員らの声に耳を傾け続けた。自身が見たものは、除染土が詰まったフレコンバッグの山や、人気(け)の無い市街地。「事故はまったく終わっていない」と痛感し、絵筆を執る。

 テーマは一貫しているが、八年で表現方法は変わった。「当時は色を使う気にならず、灰色の絵が多かった」。だが、三、四年たち、作品展を見に来た被災者が、当時の光景を生々しく思い出し、泣いてしまうことがあった。それ以来、緑や赤など鮮やかな色を使うようになった。

 けれど八年たった今こそ、カラフルな作品の中に、事故の悲惨な状況を大々的に描いて強いメッセージを込める。震災や事故の風化を恐れるためだ。「悲惨な絵の中にも、花など希望を表す表現を描くよう勧める人もいます。けれど、それは被災地から遠いところにいる人の考えです」と指摘する。

 だからこそ、日本原子力発電東海第二原発(東海村)の再稼働には危機感を持つ。「なおさら人々に警鐘を与える表現にしないといけない」と訴える。

 作品には、自身の原発に対する思いの「NO!」を必ず描き込む。表現者としての使命を果たす考えだ。 (山下葉月)

 <かわい・まさき>1950年9月、日立市生まれ。東京経済大学卒業後、ロンドンに留学して紳士服づくりを学び、紳士服店「テーラーカワイ」の2代目を継ぎ、定年まで務めた。50歳を過ぎてから、全国公募展「第2回黄門の里絵画展」のグランプリなど、絵画で多数の受賞をしている。

 

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