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【茨城】

<ひと物語>個性光る「トミー節」 プロレス団体「2AW」レフェリー・トミー茨城さん(39)

レフェリーとしてプロレスを盛り上げるトミー茨城さん

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 龍ケ崎市出身という理由から、リングネームに「茨城」の二文字を背負う。千葉県を拠点にするプロレス団体「2AW(ツー・エー・ダブリュー)」で、メインのレフェリーとして活躍。名勝負に名レフェリーは欠かせないが、「自分は添え物」と控えめに語る。

 高校卒業後、一筋に打ち込めることを探してフリーター生活を送っていた。そんな二〇〇一年十二月。あこがれのレスラーだったTAKAみちのく選手が創設した団体「KAIENTAI DOJO(カイエンタイ・ドージョー)」が、レフェリーを募集していると知った。

 団体は当時、中米のプエルトリコで活動。旗揚げに向けてレスラーの養成を進めていた。レスラーが際立つよう、小柄なレフェリーを求めていて、「身長一六〇センチの自分は条件にぴったりだった」。プロレスのレフェリー経験などなかったが、すぐにプエルトリコへ飛び、採用された。

 KAIENTAI DOJOは〇二年四月二十日に旗揚げ戦を迎え、自身もデビューを果たした。だが、「リング設営などの仕事に追われ、感激する間もなかった」と苦笑する。

 その後は、レフェリーの難しさに直面する。事故なく試合を終わらせたいという思いが強すぎ、「押さえ込まれた選手が返したのを見逃し、3カウント取ってしまった」ことも。

 ミスで注意を受けては、自信を失う日々。「弱気なのはレフェリーとして一番駄目だった」と振り返る。父親が病気になった時期には、それを理由に退団しようか悩んだ。

 何とか踏みとどまっていた一一年三月、茨城県内で活動するローカル団体のリングに上がった。経験の浅い選手をきっちりリードし、自信を取り戻す契機になった。また、もっと自分の個性を出して行こうと考えるようになったという。

 行き着いたのが、真剣に戦っている選手のアクションに突っ込みを入れるという独自のスタイルだ。今では、試合にアクセントを加える「トミー節」としてファンに支持されている。

 KAIENTAI DOJOは今年六月二日、名前を2AWへと変えて再出発した。発端は、「生みの親」のTAKAみちのく選手が個人的なトラブルで退団したことだった。複雑な思いもあるが、今は残った仲間たちと団体をどう盛り上げるか、「楽しみの方が大きい」と前を向く。

 デビュー十八年目。気が付けば団体を引っ張る年齢になってきた。「2AWは見に来た人を元気にできるプロレス。団体が大きくなっていく礎の一つになりたい」と力強く語った。 (越田普之)

    ◇  ◇    

 県内では、主に水戸市内の居酒屋「貫一」を舞台にしたプロレスイベント「EEE(トリプル・イー)」を共同主宰している。次回は十月三十一日の予定。問い合わせは貫一=電029(233)1733=へ。2AWは、九月一日に東京・後楽園ホール大会でビッグマッチがある。

 

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