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【茨城】

国体キャラ「いばラッキー」誕生秘話は 日立出身、生みの親・ミウラナオコさんに聞く

いばラッキーの原画を前に「作品は自分の子どもです」と話すミウラナオコさん=水戸市備前町の常陽史料館で

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 茨城国体の本大会開幕を前に、県内のあちこちで見かける大会マスコットキャラクター「いばラッキー」。生みの親は、日立市出身でイラストレーターのミウラナオコさん(57)=東京都目黒区=だ。十七日から常陽史料館(水戸市備前町)で個展が始まったミウラさんに誕生秘話などを聞いた。 (佐藤圭)

 いばラッキーは、幸運のエネルギーでつくられた「ラッキー星」のかけらが地球の茨城にやってきたという設定だ。二〇一四年、計二千八百三十点の応募作品の中から最優秀作品に選ばれた。東京と茨城の友人から応募を勧められ、四、五日で描き上げた。「東日本大震災では茨城も大きな被害を受けたが、何もできなかった。ふるさとの役に立ちたいとずっと思っていた」と振り返る。

 愛称は公募の結果、いばラッキーに決まるが、ミウラさんの腹案も同じだった。確かに原画には「iba Lucky」と記されている。「『いばらき』の『いばら』は、苦難の多い人生のたとえである『いばらの道』を連想する。だから『らき』の部分を強調したかった」

 ミウラさんはファッションデザイナーを目指して都内の専門学校に進学したものの、「流行のサイクルが早すぎて向いていない」と断念。卒業と同時に、米国へ語学留学した。美術館でポストカードを集めたり、アメリカンドリームを追い求める人たちと触れ合ったりするうちに、イラストレーターを志すようになった。「アメリカではだれもが夢を語っていた。日本にいたら、絵を描く仕事をしようとは思わなかった」

 帰国後の一九八七年、公募展で入選したのを機に、イラストレーターの活動を本格化させた。主なモチーフは人の顔だ。多彩な色づかいと温かみのあるタッチ。広告や絵本、教科書のイラスト、幼稚園バスラッピングの原画など幅広い分野で活躍する。今回の個展では、いばラッキー関連作品を中心に、留学時代のスケッチから最新作まで百五十点以上が並ぶ。

 前回七四年の茨城国体の時は小学六年生だった。その四十五年後、「自分の子ども(作品)が国体の主役になっているとは夢にも思わなかった」とよろこびもひとしおだ。

 二十八日の開会式に出席する。いばラッキーの姿にハッと気付き、何かのヒントを得て、フッと肩の力を抜き、ヘーッと感心してホッとする。「私の作品から感じ取ってほしいのは、この『ハヒフヘホ』。みんなで国体を盛り上げたい」

    ◇

 「ミウラナオコ展」は十一月三十日まで。入場無料。月曜休館。十月十八日には、ミウラさんのワークショップがある。問い合わせは常陽史料館=電029(228)1781=へ。

 

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