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【茨城】

核の事故もう二度と… JCO臨界事故から20年 東海村で集会

臨界事故の犠牲になった作業員らに黙とうを捧げる参加者=いずれも東海村で

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 東海村の核燃料加工会社ジェー・シー・オー(JCO)で起きた臨界事故から三十日で二十年になる。事故の教訓を語り継ぐ集会が二十九日、村内で開かれ、参加者は村に立地する日本原子力発電東海第二原発の再稼働を阻止するとの思いを共有した。 (宮尾幹成)

 集会は、原水爆禁止日本国民会議(原水禁)、原子力資料情報室、茨城平和擁護県民会議、臨界事故を語り継ぐ会、東海第2原発差止訴訟団の五団体が主催。会場の村産業・情報プラザには、約百五十人が集まった。

 冒頭、事故で犠牲になった作業員の大内久さんと篠原理人(まさと)さん、東京電力福島第一原発事故が原因で亡くなった被災者らに黙とう。

 福島の事故後に福島県いわき市から避難し、損害賠償を求めて国と東電を提訴した丹治杉江さん(62)=前橋市=が「過去も未来も奪われた原発被災者 避難者を苦しめる“不均等”な復興」と題して講演した。

国や東京電力に損害賠償を求めた裁判について話す丹治杉江さん

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 丹治さんは、福島第一周辺で除染廃棄物が入った黒い袋が大量に山積みされた田畑や、それらを受け入れる中間貯蔵施設などの写真をスライドで紹介し、「古里を奪われた被災者の支援は不十分なのに、復興の名目で自然破壊や巨大開発が進んでいる」と批判。「東海第二が事故を起こしたら、皆さんもこういう目に遭う」と警鐘を鳴らした。

 JCO事故当時の村長だった村上達也さん(76)も登壇し、東海第二を再稼働してはならないと強調した。

<JCO臨界事故> 1999年9月30日、茨城県東海村の核燃料加工会社ジェー・シー・オー(JCO)東海事業所で、濃縮ウラン溶液を本来の用途と異なる「沈殿槽」に大量投入したところ臨界が発生。作業員3人が大量被ばくし、うち2人が死亡した。原子力施設の事故による急性放射線障害で犠牲者が出たのは国内初。臨界は20時間も持続し、救助に当たった消防隊員や周辺住民ら667人も被ばくした。刑事裁判ではJCOと所長や現場責任者ら6人の有罪が2003年に確定。被害者に計約154億円の賠償金を支払った。JCOは住友金属鉱山の100%子会社。

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