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【神奈川】

戦後の横浜 克明な記録100点 奥村・常盤夫妻の写真展、中区で開催

奥村さんが戦争孤児らの保護施設を撮影した「ボーイズホームの子どもたち」=1950年

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 戦後の横浜で暮らした人々を追った写真家夫婦の代表作を集めた「奥村泰宏・常盤とよ子写真展 戦後横浜に生きる」が6日、横浜市中区の横浜都市発展記念館で始まった。米兵や戦地からの引き揚げ者、赤線地帯で働く女性、戦争孤児など、夫婦のカメラが街中で捉えた約100点が並ぶ。 (加藤益丈)

 横浜は戦後、連合国軍総司令部(GHQ)によって市街地の大半を接収された。「GI」と呼ばれた米兵が多く駐留する「基地の街」になり、市中心部には兵舎が建設され、市民は住宅難と食料難に苦しんだ。

 奥村泰宏さん(一九一四〜九五年)は同市西区の老舗燃料商の家に生まれ、戦後は引き揚げ者や戦争孤児らの支援に従事。自ら設立した孤児の保護施設「ボーイズホーム」で暮らす子どもや、駐留軍人と日本人女性との間に生まれた混血孤児、街を闊歩(かっぽ)する米兵らの姿を写真に収め続けた。

 妻の常盤とよ子さん(90)は、同市神奈川区の酒問屋の生まれ。戦後、奥村さんと出会い写真家を志した。街中で歌う女性や赤線地帯の女性など、一貫して女性にレンズを向けてきた。 五六年に開いた「働く女性」展や五七年に発表した写真エッセー集「危険な毒花(あだばな)」が評価され、戦後を代表する女性写真家の一人となった。

常盤さんが赤線地帯の女性を撮影した「真金町妓楼の支度」=1956年

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 今回の写真展のきっかけは、二年前に同館で開かれた特別展「焼け跡に手を差しのべて−戦後復興と救済の軌跡」。担当した学芸員の西村健(たける)さんが、引き揚げ者や戦災者らを支援した人たちの写真と資料を探す過程で、常盤さんに提供を依頼。同展終了後、二人のネガフィルムや写真など段ボール二十六箱分の資料を寄贈すると申し出があった。

 このうち約三千点の整理が終わり、代表作を中心に展示することにした。西村さんは「戦後の横浜に生きる人々の姿を克明に記録した写真ばかり。芸術的であるだけでなく、資料としての価値が極めて高い。今と全く違う混乱期の横浜を見てほしい」と話している。

 観覧料は高校生以上三百円、小中学生百五十円(土曜日は小中高生無料)。原則月曜休館。十二月二十四日までで、十一月三、十八日、十二月二、十六、二十二、二十四日には西村さんの展示解説がある。問い合わせは同館=電045(663)2424=へ。

 

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