東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 神奈川 > 記事一覧 > 10月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【神奈川】

2万7824人 走った 横浜マラソン

 市民マラソン「横浜マラソン2018」が二十八日、横浜市で行われた。開催時期が春から秋に変わった昨年は台風の接近で中止になったが、今年は快晴。さわやかな秋風の吹く市中心部を二万七千八百二十四人が駆け抜けた。車いす二キロの部では、脳性まひの平岡みのりさん(20)=大和市=が念願の制限時間内での完走を果たした。本紙横浜支局の上田千秋記者(49)もフルマラソンに出場した。

◆大和の平岡さん 念願の制限時間内で「車いす2キロ」完走

ゴールを目指して車いすをこぐ平岡さん(左)=西区で

写真

 最後の力を振り絞り、必死に車いすをこぐ手を動かした。四十分という制限時間内に完走する目標を果たし、平岡さんは満面の笑みを浮かべた。

 初挑戦は二年半前。父親の祐二さん(58)に誘われ、出場を決めた。祐二さんには「障害のある人は、障害者のためのサービスの中で生きるようになりがち。知り合いを増やして、その壁をこじ開けてほしい」との思いがあった。

 平岡さんは早産で、生まれた時は体重一一二四グラム。そのまま三カ月入院した。手足や体幹のまひと知的障害があり、自力では歩けず、普段は電動車いすを使っている。

 しかし、レースには前回も今回も手動の車いすで出場。上り坂で苦しい時も、下り坂でスピードが出過ぎた時も、沿道の声援を励みに自分自身の力で乗り越えた。

 前回は完走できたが、制限時間をオーバー。喜びとともに悔しさが残った。「今度こそ制限時間内に完走したい」と、六月から土曜に十回以上、近くの公園で練習を重ねた。

 スタート直前は緊張から涙も見せたが、スタートすると、上り坂は我慢の走り、下り坂ではスピードを上げた。ゴール直前では、リオデジャネイロ・パラリンピックの陸上日本代表の中山和美さんが並走し、励ましを受けた。

 「疲れたけど楽しかった。上りはきつかったけれど、下りで(距離を)稼げた。出場して良かった」。うれしそうに、メダルを両親に見せた。 (加藤益丈)

◆声援を背に4時間、本紙記者もゴール

他のランナーとともに力走する上田記者=中区で

写真

 色とりどりのウエアに身を包んだランナーに囲まれ午前八時半、みなとみらい大橋をスタート。沿道から飛ぶ「頑張ってー」という声援が心強い。

 入社以来の不摂生がたたり、四十歳を前にして血液検査の結果は最悪。「何とかしないと」と四十二歳の時に始めたランニングに思いのほか、はまり込んだ。体を動かす爽快感に加え、長距離を走った後の達成感は何物にも代え難い。定期的にレースにも出るようになり、フルマラソンは今回が十回目の挑戦になった。

 毎晩欠かさない仕事の後の一杯をちょっとだけ(三日間)控えたからか、足の調子は悪くない。通行止めの首都高速湾岸線なども走れ、気分は盛り上がってくる。運営もスムーズ。給水所はどこも十分なスペースがあり、ランナーが交錯するような場面は目にしなかった。

 山下公園や横浜赤レンガ倉庫など、横浜を代表する観光名所を通ってゴール。目標の四時間を八分ほどオーバーしたものの、最後まで気持ち良く走り通すことができた。

 大会が無事終了したのは、関係機関の入念な準備と周辺企業などの理解や協力があってこそ。何より、随所でサポートしてくれたボランティアの皆さんには頭が下がる思いだった。こうした市民がたくさんいる横浜なら、市内も会場になる来秋のラグビーワールドカップと二〇二〇年東京五輪もきっとうまくいくはずだと感じた。 (上田千秋)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報