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【神奈川】

小田原開府500年でシンポ 「京都に匹敵する都市だった」

戦国時代の小田原を語る小野名誉教授=小田原市で

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 戦国大名小田原北条氏が小田原を本拠として五百年となるのを記念したシンポジウム「戦国都市小田原の風景」が十日、小田原市で開かれ、市民ら百六十人が耳を傾けた。

 五代続いた北条氏は初代早雲が大森氏から小田原城を奪った後、二代氏綱が一五一八年に本拠地とした。氏綱は民の繁栄と長寿を目指す「禄寿応穏(ろくじゅおうおん)」の当主印を創始し、領民思いの国造りを始めた。

 主催した小田原城天守閣の諏訪間順館長(58)は「六百カ所を超す発掘調査の結果から、戦国期の小田原は都市計画に基づき、碁盤の目のように整然と整備された都市だった可能性が浮かんでいる」と報告した。

 氏綱は国内最古の上水道「小田原用水」を導入し、上方から職人を呼ぶなど都市基盤を整備。小田原合戦時の豊臣方文書は「小田原城内の家数は京都の下京に匹敵する」と、都市としての繁栄ぶりを記している。

 隣の戦国大名甲斐武田氏らの本拠地との違いについて、国立歴史民俗博物館の小野正敏名誉教授(71)は「武田氏などは大名の館がまずあって、その周りに町がある。しかし小田原は城と町が一体で都市を形成している。大名が何を重んじたかの志向性の違いを感じる」と指摘した。

 小田原開府五百年事業として、二十四、二十五日は小田原城本丸広場でトークショー「小田原北条氏ってこんなにすごかったんだ!」などの記念イベントもある。

 問い合わせは小田原城=電0465(23)1373=へ。 (西岡聖雄)

 

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