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【神奈川】

女性消防士の道を開拓 1期生「レジェンド」古尾谷敏江さん(68)

全国初の女性消防士として、1969年に川崎市消防局に入った古尾谷さん=川崎区で

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 五十年前、全国で初めて女性消防士が誕生したのは川崎市だった。育児休業などの支援制度はなく、「寿退社が当たり前」という見えない壁もあった時代。一期生十二人のうち唯一、出産・子育てを経て定年まで勤めた古尾谷(こびや)敏江さん(68)=横浜市在住=は「自分が辞めたら、後が続かなくなっちゃう。だから、頑張った気がする」と語る。 (石川修巳)

 「全国にさきがけて 女性消防士誕生」。本紙川崎版に、そんな見出しの記事が掲載されたのは一九六九年四月。任命式に臨んだ女性消防士の制服は、紺のツーピースに客室乗務員風の帽子、肩には茶のショルダーバッグという特別のあつらえだったという。

 そこに当時十八歳の古尾谷さんもいた。体を動かすことが好きで、人の役にも立てる仕事として選んだのが、市消防局が初めて募集した女性消防士だった。

 「当時期待されたのが、防火をソフトに呼びかける予防広報。けれども男社会の中で、座っていればいいから、というお飾り的な空気がありました」と古尾谷さん。「女が消防車に乗ると火が消えない」と揶揄(やゆ)されたこともあった。

 「だから、まずは女性消防士の存在を知ってもらいたくて…。住宅密集地や高齢者宅、紙芝居を持って幼稚園・保育園へと、火災予防の訪問活動を積極的にやりました」

全国初の女性消防士誕生を報じる1969年当時の東京新聞記事

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 女性が働き続ける支援制度も乏しかった。取得できた休暇は、出産前後にそれぞれ八週間だけ。ご近所の協力や同じ消防局に勤務する夫とともに、一男二女の出産、子育てをしながら働いた。無我夢中だったという。

 消防で働き続ける原動力は何だったのですか−。そう問いかけると、「予防広報はやりがいがあったし、辞めたら『だから女はだめなんだ』って思われる。だんだん後輩が増えてきて、これでいつでも辞められると思ったら、気が楽になりました」と答えた。

 二〇〇九年には初の女性管理職となる消防司令長に昇進、一一年に定年退職した。在職中には全国女性消防職員の会を創設し、今も幹事として年一回の研修や相談に応じている。

 市消防局によると、女性消防職員は4・3%に当たる六十一人(今月一日現在)。消防署副署長や消防隊、救急隊、救助隊など仕事の幅は広がっている。

 女性消防士の先駆者として、敬意を込めて「レジェンド」とも呼ばれる古尾谷さん。最後に、こう語った。

 「消防は女性も男性も、当たり前に働ける仕事になってきつつある。仕事を全うし、支援制度もうまく使えば、働きやすい環境は自分でつくっていける。だから、もっと女性に応募してほしい」

 

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