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【神奈川】

横浜市港北区に「綱島温泉街」の石碑 無事移設「良かった」

移設された石碑と飯田さん=横浜市港北区で

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 大正〜昭和四十年代に横浜市港北区の綱島地区が温泉街として栄えたことを示す数少ない史料とされる石碑「ラヂウム霊泉湧出記念碑」が十五日、区内の市有地に移設された。石碑は、もともと置かれていた建物の解体に伴って昨年十二月に撤去され、地元県議が引き取って新たな設置場所を市などと調整していた。

 石碑(縦百二十六センチ、横五十センチ、厚さ六センチ)は、ラジウム鉱泉が発見された菓子商「杵屋」を営む加藤順三の自宅兼店舗の敷地に一九三三年に設置され、地域のシンボル的存在だった。

 移設先は、元の場所から北へ五十メートル離れた鶴見川近くの空き地。寒空の下、約三十人の関係者が作業を見守り、業者がモルタルなどで造った土台に石碑をはめ込むと歓声が湧いた。

 鉱泉の発見者として石碑に名が刻まれている飯田助大夫のひ孫で、区内で綱島温泉の歴史を語る講座を開いている飯田助知(すけとも)さん(80)は「綱島は開発が進んでいて石碑が残らないのではと心配していた。歴史を語り継ぐ重要さを再認識した」と感慨深げ。

 横浜開港資料館の吉田律人・調査研究員は「石碑には、作った石工と設置した左官の情報が書かれていることが新たに分かった。研究する部分が多く、残せて良かった」と話した。 (志村彰太)

 

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