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【神奈川】

三浦市が南三陸町と災害時相互協定 海沿いの縁 広がる支援

協定を結び、握手を交わす佐藤町長(右)と吉田市長=三浦市役所で

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 三浦市は二十日、宮城県南三陸町と大規模災害時に互いを支援する協定を結んだ。東日本大震災後、津波で大きな被害を受けた同町への支援の輪が市内で広がったことから実現した。佐藤仁町長は「災害があってはならないが、万が一の時に恩返しができれば」と語った。 (福田真悟)

 同町では、ほとんどの地域が浸水し、死者・行方不明者は約八百人に上った。市は二〇一一年七月から毎年度一人ずつ、土木部などの職員を派遣。その他、農家が野菜を小学校の給食用に送ったり、朝市の売上金の一部を義援金にしたりしている。

 支援が広がるきっかけをつくったのは、同市のバイオマス関連会社「三浦地域資源ユーズ」元総務部長の千葉智さん(71)。同町出身で、震災一カ月後、付き合いのあった農家と朝どれの野菜や特産のマグロをトラックで故郷へ運んだ。多くの知人に再会する中、副町長や漁協の組合長が高校時代の同級生と判明。連絡を取り、三浦からのスムーズな物資輸送などが可能になった。

 海沿いに位置する両市町は、震災前から深いつながりがあった。市の南端にある三崎港が遠洋マグロ船の一大拠点として華やいでいた一九六〇年代ごろ、水揚げする東北の船には南三陸の船員が多く乗っていた。港に船が入るのに合わせて出迎えに妻ら家族が三崎を訪れ、買い物をするなどして滞在したという。千葉さんは「こうした縁からか、『三崎から支援に来た』と伝えると喜ばれた」と振り返る。

 この日、三浦市役所で開かれた調印式で、佐藤町長は「震災を経て三浦との絆が太くなった。この縁をいかし、災害を経験したわれわれのノウハウを伝えたい」と述べ、吉田英男市長は「南三陸とはきょうだいのようなもの。これからもできる限り支援を続けたい」と話した。

 

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