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【神奈川】

<東日本大震災8年>津波被害の南三陸町ルポ さら地が大半 復興道半ば

大型の重機による工事が続く沿岸部=いずれも宮城県南三陸町で

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 東日本大震災から間もなく八年。津波で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町の中心部はかさ上げが済んだ程度で、大半がさら地のままだ。ボランティアとして活動したのをきっかけに町に移り住んだ横浜市都筑区出身の千葉嘉苗(かなえ)さん(51)は「まだまだ人手が足りない。神奈川の人にも関心を持ってほしい」と呼び掛ける。 (鈴木弘人)

 記者は今月四〜五日、同町を取材した。仙台駅から高速バスに乗り一時間半余りで町の中心部に着く。飲食店や土産店など二十八店が入る「南三陸さんさん商店街」のスギを使った平屋の建物が目に飛び込んでくる。ただ、それ以外の場所では大型の重機が何台も動き回り、かさ上げした土地に建物が建つまでには時間がかかる印象を受けた。

 一万七千六百六十六人が住んでいた同町では町外の人や間接死を含め六百二十人が死亡、二百十一人が行方不明になった。全五千三百六十二戸のうち三千三百二十一戸が全半壊し、町の様相は一変した。

 震災後しばらくは大勢のボランティアが駆け付けたものの、年々減少。タクシー運転手の男性(62)は「被災地を見てみたいという観光客も少なくなっている。このまま風化していくんでしょうか」と声を落とす。

 中心部から北へ車で二十分ほど走り、一軒のカフェに着いた。経営するのは千葉さんと、町出身の夫馨(かおる)さん(44)。千葉さんは震災直後から月一回のペースで町に入り、一二年七月には会社を辞めて移住。その後、避難所で知り合った馨さんと結婚し、一三年七月にカフェ「かなっぺ」をオープンした。

 きっかけの一つは、認知症だったお年寄りの症状が進んでいると感じたこと。多くの人が家族や友人を亡くしただけでなく、コミュニティーも崩壊し、地域はばらばらになった。避難先の仮設住宅は狭く、人を招くのも難しい。千葉さんは「皆が気軽に集まって、お茶が飲める場所が必要だと考えた」と振り返る。

カフェの前で「復興はまだまだ」と語る千葉さん

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 神奈川県でも、大地震が起きれば相当な津波被害が出ると予想されている。いざという時、どういう行動を取るべきなのか。カキやワカメの養殖業阿部仁文(ひろふみ)さん(40)は「津波が来たら、とにかく逃げること」と説く。

 父らから、日本各地を襲った一九六〇年のチリ地震津波の話を聞いていた阿部さんは震災時、すぐに家族を連れて高台に避難した。「忘れ物を取りに帰って犠牲になった人もいる。命さえ助かれば、家が流されても生活はできる」と話す。

 千葉さんも「避難所では、一杯のコーヒーを五、六人で分けるような状況だった。津波はいつ、どこに来るか分からない。自分が被害に遭うと思い、真剣に備えることを考えてほしい」と強調した。

◆箱根ガラスの森美術館 アート見て被災地応援

募金箱を手に11日の来館を呼び掛けるスタッフ=箱根町で

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 東日本大震災の被災地を応援するため、イタリア・ベネチアングラス専門の箱根ガラスの森美術館(箱根町)は11日、通常600〜1500円の入館料を一律500円にし、収益を全額寄付する。駐車料金も無料にする。

 1000年以上続くベネチアングラスも幾多の窮地を乗り越えてきた歴史があり、2011年の震災直後から支援。館内の募金箱と合わせ、これまでに4055万2000円を寄付してきた。

 同館では4月8日まで、仮面を着け、貴族も庶民も平等に楽しんだベネチアのカーニバルを記念した仮面祭を開催中。現地の仮面やマントを無料で貸し出す。3月9日〜4月14日は、クリスタルガラスの粒がきらめくサクラ(高さ7.5メートル)を展示し、今年はガラスのシダレザクラ(同6メートル)が初登場する。問い合わせは美術館=電0460(86)3111=へ。 (西岡聖雄)

 

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