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【神奈川】

<東日本大震災8年>福島の母子招き保養キャンプ 居場所見つけ「前向きに」 相模原に自主避難・鹿目(かのめ)久美さん

「過去を話すことで前を向けた」と話す鹿目さん=相模原市緑区で

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 「福島の子どもたちを自然の中で思いきり遊ばせたい」。相模原市緑区のボランティア団体「母ちゃんず」が福島県の母子を無料で招く保養キャンプを定期的に開いている。メンバーには同県からの自主避難者もおり、被ばくの不安の中で暮らす母親の気持ちに寄り添いながら活動を続けている。 (土屋晴康)

 二〇一八年七月、同区の自然体験施設で四泊五日の保養キャンプが行われた。福島市などから十三組三十四人が参加し、服を着たまま川に飛び込んだり、虫捕りやキャンプファイアを楽しんだりした。

 原発事故後、同区の幼稚園に子どもを通わせる「ママ友」十人で立ち上げた「母ちゃんず」は一二年三月から十七回、キャンプを実施し、参加者は約八百人に及ぶ。子どもだけでなく、さまざまな思いを胸に抱えている母親に気分転換してもらうのも大きな目的だ。

 メンバーの鹿目(かのめ)久美さん(51)は同県大玉村からの自主避難者。長女(12)の被ばくを心配し、一一年七月に夫を置いて実家がある同区に二人で移った。復興の流れに逆行するとして、健康被害に関する話題は口にしにくい雰囲気があったといい、それが分かるだけにキャンプでは積極的に参加者と言葉を交わした。

昨年7月の保養キャンプで川遊びを楽しむ福島県の子どもら(母ちゃんず提供)

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 鹿目さんは避難当初、被ばくの恐れがなくなった一方で、先を見通せない不安を強く感じた。「なぜここにいるのか」「いつ福島に帰れる」。夜中に何度も目が覚めた。やがて朝になっても起き上がれなくなり、うつ病と診断された。避難してからが本当の闘いだった。

 そんな頃、知り合いの女性から「母ちゃんず」の活動に誘われた。半年後の初キャンプに向け、計画を練るメンバー。最初はなじめず目を合わせることもできなかった鹿目さんは、その熱心さに次第に引き込まれていく。

 いつの間にか、避難生活への不安など自分の思いを自然にさらけ出せるようになっていた。ようやく避難先での「居場所」が見つかった。代表の竹内亜紀さん(47)は「彼女の本当の苦しみは理解できていなかったかもしれないが、子を思う母の気持ちは共通だった」と振り返る。

 今月二十四日、避難者や福島に関心を持つ人らが月に一回話し合う「3・11カフェ」が横浜市青葉区のコミュニティーカフェ「スペースナナ」で始まる。呼び掛け人の一人になった鹿目さんはこう考える。「私は過去を語ることで、前向きな自分を取り戻せた。問題や不安を共有できたら、助け合えることがあるかもしれない」

 

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