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【神奈川】

<かながわ平成ノート>(3)タマちゃん 自然考えるきっかけに

帷子川の護岸で寝そべるタマちゃん=2002年11月、横浜市西区で(タマちゃんを見守る会提供)

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 都県境の多摩川にかかる丸子橋(川崎市中原区)のたもとに、老若男女が押し寄せる。笑顔を浮かべる集団の視線の先には、ポッチャリした胴体をしたつぶらな瞳のアゴヒゲアザラシ。時折、体を動かすと、歓声が上がった。

 二〇〇二年八月、都会の川に突如として現れたアザラシは「タマちゃん」と呼ばれ、瞬く間に人気者になった。同市幸区の鈴木真智子さん(71)は「鉄橋に電車が近づくと怖がるように水に潜ったり、とにかくしぐさがかわいくて。ずっと見ていられた」と語る。

 鈴木さんは、多摩川の清掃に取り組むNPO法人「とどろき水辺の楽校」の事務局長でもある。前年に発足したばかりのNPOにとって、宣伝効果は抜群だった。「タマちゃんをきっかけに川に興味を持ち、参加してくれる人もいた。いなくなった時は本当に残念だった」

アザラシグッズを作るイベントで、「タマちゃんの癒やしの力はすごかった」と振り返る相沢会長(中)と高田さん(右)=横浜市港南区で

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 その後、横浜市の鶴見川や帷子(かたびら)川、大岡川などへ移動するたびに「追っ掛け」が現れた。同年十一月、十数人の追っ掛けが発起人になり「タマちゃんを見守る会」を結成。出現場所を予測し、写真を撮って世間に発信した。

 最盛期の会員は二百人以上。中には、阪神大震災で両親を失った女性もいた。「更年期障害が改善したという人もいたし、その癒やしの力はすごかった」と相沢亮治会長(78)。

 出現から一年八カ月後、埼玉県朝霞市の荒川での目撃を最後に姿を消した。世間の関心は薄れていっても、見守る会は活動を続けた。アザラシそのものに興味が湧くようになり、全国各地で目撃情報をキャッチすると直接出向くこともあった。「インターネットの発達で、調べやすくなった」。会員の高田正子さん(83)はほほ笑む。

 平成が終わりに近づいた昨秋以降は、これまで撮りためた写真の展示会やアザラシグッズをつくるイベント、野生アザラシについてのシンポジウムなどを開いた。

 相沢会長はタマちゃん騒動を「都市部の川のごみの多さなど、人々が自然環境の問題に思いをはせるきっかけを与えた」と振り返る。生態系への影響が懸念されるマイクロプラスチックの汚染など、環境問題は深刻さを増している。「あの頃のように自然について考えてもらえるよう、野生アザラシの魅力を伝え続けていきたい」と強調した。 (福田真悟)

<タマちゃん> 初めて目撃された2002年の流行語大賞を受賞。03年3月には捕獲しようとする団体が現れる騒ぎも起きた。見守る会によると、姿を消す04年4月頃の体長は約180センチ、体重推定約200キロ。ひげは約300本あった。

 

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