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【神奈川】

<財徳健治のマリノス・ウオッチング>「令和」に変革の成果を

 「昭和」が「平成」に変わった1989年、まだJリーグは誕生していない。日本サッカーリーグ(JSL)の時代だった。そのシーズンをマリノスの前身、日産自動車はリーグ、リーグカップ、天皇杯と3冠制覇した。

 迎えた平成5(1993)年、横浜マリノスとチーム名称を変え、Jリーグの開幕戦をライバルのヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)と戦い、勝利した。初年度の得点王はラモン・ディアスが獲得。2年後にはJリーグで優勝するなど平成初期のまぎれもない強豪は、日本代表を輩出した。しかし、次第に世代交代の波にのまれて低迷する。

 光が差したのは平成15(2003)年、ワールドカップ・フランス大会で指揮を執った岡田武史監督が就任し、2シーズン連続優勝を果たした。長期政権もあり得たが、フロントとの確執で4年目のシーズン早々に退任した。

 そこからまたタイトルとは無縁の時を過ごす。ようやっと平成25(13)年、天皇杯を21シーズンぶりに手にした。ただ、リーグでは残り2試合のうち一つでも勝てば優勝というチャンスがありながら逃して…。

 平成のマリノスを振り返るとき、最大の「事件」は平成10(1998)年、突然発表された横浜フリューゲルスの消滅とそれに伴うマリノスへの吸収合併だった。親会社の赤字という窮状があったにせよ、Jリーグ史上唯一の合併劇の一方の主人公になった。

 平成26(2014)年には世界的なサッカー事業グループ、シティ・フットボール・グループと提携。監督人選や補強選手選びなどで広く連携を図っている。平成27(15)年から3年指揮を執ったモンバエルツ監督、後を受けたポステコグルー監督もその流れによっている。

 目指すのは変革。「令和」になって、成果を問われることになる。 (スポーツライター)

 

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