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【神奈川】

<かながわ平成ノート>(6)箱根 バブル後、噴火乗り越え

外国人観光客らでにぎわう大涌谷=箱根町で

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 「週末は昼から夜まで店の前の道路がずっと渋滞するほど、観光客らでごった返していた」。箱根町・芦ノ湖近くの老舗レストラン「ブライト」を経営する松井大吉さん(75)は、バブル景気に沸いた平成初期の盛況ぶりをこう振り返る。

 豊かな自然と温泉を誇る首都圏随一のリゾート地、箱根をこの頃席巻していたのは、社員旅行などの団体客。宿泊施設は次々と予約で埋まり、金の使い方も桁違いだった。「一企業がゴルフ場を貸し切りにし、取引先から二、三百人を一度に招く接待旅行なんていうのも珍しくなかった」。箱根温泉旅館ホテル協同組合の事務局次長・内田常夫さん(67)が証言する。

 バブルがはじけ、こうした団体客は徐々に姿を消していく。内田さんは「少子化で修学旅行に来る学生数が減ったり、仕事以外で会社の上司や先輩と一緒に過ごすマインドがなくなったりと、社会の変化もあるのでは」と指摘する。

 二〇一五年には大涌谷の火山活動が活発化し、小規模噴火が起きるなどした。実際に立ち入りが規制されたエリアはごくわずかだったが、「危ない」とのイメージが報道で広まり、箱根全域から客足が遠のいた。松井さんは「この辺は噴火口から十キロ以上離れているのに、がくっと客が減った。元の水準に戻るのに一年以上かかった」。

 こうした試練にさらされながら、外国人観光客の増加もあり、一七年の観光客数は噴火前を超える二千百五十二万人を記録。ピークだったバブル期の一九九一(平成三)年並みの水準に回復した。

バブル景気に沸いた平成元年4月ごろの箱根湯本駅前(箱根町提供)

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 その底堅さを支えるのは、時代の移り変わりなどへの柔軟さ。内田さんによると、個人が増えた客層の変化に合わせ、大部屋を減らしてツインルームに改装するなどの対応を取るホテルや旅館が多いという。

 外国人観光客への配慮も目立つ。四百年前から続く「甘酒茶屋」では、伝統的なメニューを英語で説明。「みそ田楽の食感をデビルズ・タング(悪魔の舌)と言うと、興味を持ってもらえる」と従業員の女性。「ブライト」も、ベジタリアンや宗教的制限のある客の要望に対応する。「『ベーコン抜きのトマトパスタはできるか』といった要求はよくある」(松井さん)

 六十五万年の歴史を持つ箱根火山の脅威と向き合ってきた住民は、口をそろえる。「火山がなければ、温泉や雄大な眺めなどの魅力もない」。自然との共生を大切にしながら、箱根の未来図を描いていく。 (福田真悟)

 =おわり

<大涌谷の火山活動> 2015年6〜7月、箱根山の大涌谷で小噴火が発生。気象庁は一時、噴火警戒レベルを3(入山規制)に引き上げた。その後沈静化したが、火口付近の散策路の閉鎖は続いている。県は通行再開に向け、噴石から身を守るシェルターの整備を進めている。

 

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