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【神奈川】

<財徳健治のマンスリーフロンターレ>改元の節目に連勝 勝負はこれから

仙台に勝利し、サポーターの歓声に応える川崎イレブン=3日、等々力陸上競技場で

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 平成の最後の試合(4月28日)は神戸に2−1、令和の初戦(5月3日)は仙台に3−1の快勝でした。

 「平成」は挑戦の歴史でした。母体の富士通サッカー部を平成8(1996)年、富士通川崎フットボールクラブに改称し、Jリーグ参加への本格的挑戦が始まりました。翌年、公募でチーム名「川崎フロンターレ」が決まり、平成16(2004)年にJ2で2度目の優勝を果たし、その翌年からJ1に定着した。

 平成29(17)年のJリーグ初制覇まで国内三大タイトル(リーグ、リーグカップ、天皇杯)で8度の準優勝。あと一歩で涙するチームは「シルバー・コレクター」と言われましたが、地道な育成・強化が徐々に実を結んだのです。

 今季はJ1では鹿島しか成し遂げていない3連覇に挑戦中。Jリーグ最優秀選手に平成28(16)年はMF中村憲剛、29年にFW小林悠、30年はMF家長昭博と3年連続で選ばれました。

 挑戦は選手たちばかりではなくフロントも同様でした。平成12(00)年末から14年余社長を務めた武田信平氏の下で、企業色の濃かったクラブの市民クラブ化を推進。地元企業の協力を仰ぎ、川崎市とも友好のタッグを組みホームの等々力競技場は拡張・改修を行ってきました。

 J1初加入の平成12年、シーズンの1試合平均入場者は7439人。それが昨季は2万3218人と3倍増です。後援会員数は4万人を数え、フロンターレをコアにしたサッカー・コミュニティーは川崎市の誇り。他のクラブがうらやましがる果実です。

 チームの戦いぶりはリーグ出色。見る者を引き込みます。試行錯誤はありました。特に監督問題では、初めてJ2に昇格した平成11(1999)年からの9年間で、シーズン途中の監督交代が5度も。難問に終止符を打ったのは平成24年4月に就任し、同28年までを率いた風間八宏監督(現名古屋監督)の存在でした。

 「的確な状況判断、速い攻守の切り替え、人が動き、ボールが動き、長短、強弱のパスを織り交ぜてゴールを奪うサッカー」を植え付けました。そこには、厳しい練習に裏打ちされたサッカー哲学があります。

 「令和」になっても急激にスタイルが変わることはありません。チームの底上げをし、一つ一つプレーの精度を高める。終わりのない追求こそが日本サッカーをけん引することになるはずです。

 J1は現在、第10節を終えて首位・FC東京と勝ち点5差。追いかけ、追い抜く。「令和」初のタイトルへ、勝負はこれからです。(スポーツライター)

Jリーグ     

 ■4月5日(H)

 川崎△1−1△C大阪

 ■14日(A)

 川崎○1−0●鳥栖

 ■19日(H)

 川崎○2−0●湘南

 ■28日(A)

 川崎○2−1●神戸

 ■5月3日(H)

 川崎○3−1●仙台

ACL1次リーグ   

 ■4月10日(A)

 川崎●0−1○蔚山(韓国)

 ■23日(H)

 川崎△2−2△蔚山

 ■5月7日(H)

 川崎△2−2△上海上港

 (注)Hはホーム、Aはアウェー

 

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