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【神奈川】

<良い本を読もう 藤嶋昭>無人島に生きる十六人 須川邦彦著(新潮文庫)

◆豊かさを問いかける漂流記

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 私が初めて読んだのは、大学講師だったもう四十年余り前。二〇〇三年に新潮文庫から出ると、また夢中になって読みました。ジュール・ベルヌ「十五少年漂流記」、ダニエル・デフォー「ロビンソン漂流記」もわくわくして読みましたが、実話に基づく漂流記として本書をお薦めします。

 一八九九(明治三十二)年、小さな帆船「龍睡(りゅうすい)丸」が北太平洋の真ん中のミッドウェー島近くで座礁し、十六人はサンゴ礁の小さな無人島に漂着。そこで船長の素晴らしい指揮の下、青年の練習生から五十代のベテランまでが一致協力し、生き抜くために創意工夫の数々を尽くします。

 火種を絶やさぬように万年灯をつくったり、帆布をほぐした糸に撚(よ)りをかけて、魚をとる網にしたり。食料の備えにはウミガメの牧場を、そして近くを通る船に助けを求めるために、流れ着いた船の帆桁(ほげた)で見張りやぐらも立てました。

 よくぞこれだけやったものだ、と本当に驚きました。船長はこう述懐します。

 「ものごとは、まったく考えかた一つだ。はてしもない海と、高い空にとりかこまれた、けし粒のような小島の生活も、心のもちかたで、愉快にもなり、また心細くもなるのだ」

 私は戦後、現在の愛知県豊田市で小学校卒業まで過ごしました。食べ物も本も、何もかもなかったころで、当時は別に大変だと思わなかったけれども、後になって「よくやったなあ」と思うのです。

 今は、何でも当たり前になりました。それに対して、いろいろ工夫すれば豊かになる、精神的にも。示唆に富むこの漂流記は、豊かさとは何かを問いかけています。

 <ふじしま・あきら>1942年3月生まれ。77歳。川崎市中原区在住。東京大学大学院在学中の67年、酸化チタンに光を当てると、水を酸素と水素に分解する「光触媒反応」を発見。汚れ防止や抗菌、空気浄化などに応用されている。2017年文化勲章、18年川崎市名誉市民章。現在は東京理科大栄誉教授。

 

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