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【神奈川】

明治生まれの108歳「真実見抜く目持て」 横浜の佐藤勇四郎さん

横浜市戸塚区の施設で穏やかな日々を送る佐藤さん=3月

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 明治に生まれ、大正、昭和、平成と生きてきた人たちが、五つ目の時代「令和」を迎えた。横浜市の佐藤勇四郎さん(百八歳)もその一人だ。戦後に抑留されるなど、時代に翻弄(ほんろう)された経験から「真実を見抜く目を持て」と家族に伝えてきた。

 一九一〇(明治四十三)年、農家の四男として宮城県丸森町で生まれた。日本による韓国併合の年だ。警察官だった兄と同じ道に進むことを決め、上級官試験を受けて合格。仕事があった満州に三八年ごろ、妻と二人で渡り、三人の息子に恵まれた。職務は治安維持。家族にも仕事の詳しい内容は明かさなかった。

 四五年八月九日、旧ソ連が満州に侵攻。シベリアに連行され、森林伐採などの強制労働に従事させられた。極寒の森の中、凍死した仲間もいた。

 約六年間のシベリア抑留の後、中国に戦犯として連れ戻され死刑判決を受ける。

 スパイ容疑がかかった中国人を追ってたどり着いた村で、部下が住民を撃ち殺していた。生き残りの住民が裁判で証人に立った。「死刑が当たり前」と思ったが、刑は執行されなかった。

 日本に帰ったのは五六年。京都・舞鶴に入港した引き揚げ船内で家族に再会した。「世話かけたな」。満州で離れ、一人で息子三人を連れて引き揚げた妻をねぎらった。時は、経済白書が「もはや戦後ではない」と宣言した時代。高度成長期の日本になじむのには苦労もあった。

 その後、東京・羽田空港で警備の仕事につき、定年まで勤務。晩酌をしながら次男の憲正さん(76)によくこぼした言葉が「時代に振り回されてしまった自分が情けない」だった。

 当時疑わなかった満州での任務、抑留…。「時と場所が変わると物事の意味は全く違ったものになる。常に意識しないと真実は見えないぞ」

 七十八歳だった八九年に時代は平成へ。社会を知るためにと始めた株は九十八歳まで続けた。令和初日は、現在暮らしている横浜市戸塚区の施設で、新時代の幕開けを伝える新聞を食い入るように読み続けた。令和への希望は「ベリーハッピー」。英語で答えて穏やかに笑った。

 

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