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【神奈川】

<良い本を読もう 藤嶋昭>野の春 流転の海 第九部 宮本輝著(新潮社)

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◆人の一生とは 問いかける

 著者の父をモデルにしたとされる長編小説「流転の海」が、第九部の「野の春」で完結しました。第一部から三十七年をかけて到達した最終巻です。

 主な舞台は、戦後の混乱期にある大阪。同じ時期を経験した私にとって、一つひとつの情景が思い出されるとともに、人間関係が複雑に絡み合って、ハラハラする出来事が続きます。

 主人公の松坂熊吾は、中華料理店やマージャン店の経営、中古車販売などに才覚を発揮し、多くの人たちと関わりを持ちます。剛毅(ごうき)で、緻密な計算もできるけれども、心根は優しすぎるほど。論語などを引用する教養もあります。

 そんな熊吾が、五十歳にして初めての子どもを授かります。予定日よりも一カ月早く、小さく生まれた長男。人生五十年ともいわれた時代に、「この子が二十歳になるまでは絶対に死なん」という己への誓いが、九部にわたる物語を貫いています。

 熊吾は糖尿病を患い、最後は脳梗塞を起こして病院へ。そして七十一年の生涯を閉じた時、「なんと穏やかな顔だろう」と妻。ベッドの脇で、肩を震わせて泣いたわが子は二十一歳でした。熊吾は、誓いを果たしたのです。

 いつも懸命になって、いろいろ手がけた波乱の人生。華やかな時もありました。けれども、会社は清算してなくなり、最後のお別れに十四人が駆けつけて、物語は幕を閉じます。

 人間の一生とは−。そう考えさせられる、特別な思いのある本です。

<ふじしま・あきら> 1942年3月生まれ。77歳。川崎市中原区在住。東京大学大学院在学中の67年、酸化チタンに光を当てると、水を酸素と水素に分解する「光触媒反応」を発見。汚れ防止や抗菌、空気浄化などに応用されている。2017年文化勲章、18年川崎市名誉市民章。現在は東京理科大栄誉教授。

 

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