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【神奈川】

名古屋・からくり人形と寄木細工コラボ 箱根・小田原の伝統工芸

殿様(中)らが寄木細工の衣装を着たからくり人形=いずれも箱根町で

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 江戸時代から続く家系としては国内唯一のからくり人形師の九代目玉屋庄兵衛さん(65)=名古屋市=が、箱根・小田原地域に伝わる「寄木(よせぎ)細工」で作られた衣装を使い、新作のからくり人形を制作した。二つの伝統芸能の合作は史上初といい、「繊細な動きが見どころ」と玉屋さん。箱根町の本間寄木美術館で毎週土、日、祝日の午前十一時と午後二時に動く。 (西岡聖雄)

 「寄木からくり 大名行列三人揃(ぞろい)」は、いずれも木製で高さ二十五センチの殿様、奥女中、奴(やっこ)の三体がある。殿様と奧女中の衣装と奴の帯が、寄木細工(厚さ〇・二ミリ)で作られている。開館二十五周年の今年、寄木細工に新境地を開こうと、キャリア七十年以上の本間昇館長(88)が多彩な色の木で鮮やかな衣装を作った。

 三体は箱根八里の音楽とともに登場し、一周三メートルの展示台の上を三分四十秒かけて回る。人形の中に通した絹糸が展示台の下にある電動チェーンとつながり、顔を左右に振りながら動く。奴の足の動きも大名行列を再現した。

 ロボットの原点とされるからくり人形は一メートル級が多く、通常は布の衣装をまとう。「三体は小型で、木の衣装も布のように折ったり曲げたりできないので動かすのが難しく、最初は無理と思った」と振り返る玉屋さん。見事な出来栄えになった。

 玉屋は一七三三年に京都から招かれた初代が創業した。尾張藩は江戸幕府が進める質素倹約の享保の改革とは一線を画し、祭りや芸能を奨励。愛知県には今も国内最多の四百以上の山車と三百七十体のからくり人形があり、後に物づくり産業が栄える一因になった。

 七代目は一九八一年、京都・祇園祭の山鉾(やまほこ)のうち唯一からくり人形を載せる蟷螂(とうろう)山を復元。九代目玉屋さんが長年にわたり、祇園祭で大かまきりを動かしている。蟷螂山は六百五十年前から製薬・製菓業を営む小田原市の外郎(ういろう)家が、戦国大名・北条早雲に招かれるまで京都に住んでいた時代に創始した山鉾で、小田原との縁も深い。

 本間さんは「からくり人形との融合で寄木細工の価値が高まれば、先人が残した名品を見に来る人が増え、寄木細工の継承にもつながる」と期待している。入館料は大人五百円など。問い合わせは美術館=電0460(85)5646=へ。

<寄木細工> 彩色せず、異なる色の細長い各種木材を接着させ、断面に幾何学模様を生む工芸。金太郎飴(あめ)のように薄く削った断面を木製品に貼る装飾が主流。江戸時代に静岡で生まれたが、箱根・小田原地域にのみ続く。箱根山一帯は生物種の交雑を促す三つのプレートの結合部にあり、固有種や樹種が多い豊かな生態系が寄木細工を育んだ。

寄木細工の衣装を担当した本間さん(左)と、からくり人形を作った玉屋さん

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