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【神奈川】

産業遺産「浦賀ドック」後世に 心臓部の機関工場、解体へ

広大な機関工場で、天井クレーン(上部手前)などを調べる職員ら=いずれも横須賀市で

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 幕末の黒船来航で知られる横須賀市浦賀で、浦賀湾の入り江沿いに広がる住友重機械工業の旧浦賀工場。「浦賀ドック」の愛称で親しまれ、軍艦や帆船「日本丸」などが建造されたが、二〇一三年の閉鎖後、老朽化した建物の解体が進む。エンジンの組み立てなどをした中枢の機関工場も対象となり、市は貴重な産業遺産の記録を残そうと、調査を行っている。 (村松権主麿)

 浦賀ドックの源流は、一八九七(明治三十)年に地元の有力者らが出資し、江戸幕府の浦賀造船所跡地に設立した「浦賀船渠(せんきょ)株式会社」。保存・活用を目指す団体などによると、約十万平方メートルの敷地には、かつて二十を超す建物が立ち並んだが、現在は半分以下に減り、空き地が目立つ。

 住友重機は浦賀ドックの活用法を検討中とするが、九九年に完成した日本初のレンガドックは保存する方針。その脇にあり、ドックの海水を抜くためのポンプ室の建屋と、隣接する機関工場は本年度内に解体予定だ。

レンガドック(左)の脇にあるポンプ室の建屋(手前)。それを囲むように機関工場がある

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 市教育委員会は、二つの施設は歴史的な価値が高いと判断し、八月下旬から調査を開始。遺構の保存などを研究する関東学院大(横浜市)の黒田泰介教授(52)に委託し、レーザーで構造を計測したほか、職員による外観や内部、機械類の調査を今月末まで行う。

 八日の調査でポンプ室に入った市自然・人文博物館の菊地勝広学芸員(47)は、レンガを積んだ壁の最上部に硬くて高価な安山岩が使われていることに「建設した人たちの意気込みを感じる。ポンプ室とレンガドックは一体と考えるべきだ」と語る。

 機関工場では、大正時代や昭和十四(一九三九)年製の天井クレーン、部品の仕上げをした昭和十五年製の旋盤などを確認。菊地さんは「戦時の統制下、最先端の技術が優先的に投入され、終戦間際まで拡張し続けた。浦賀ドックは国家的に重要視され、その心臓部が機関工場だった」と指摘し、「造船が行われた遺産として伝え、残せるものがあれば残したい」と話す。

ポンプ室には2基のポンプがあり、レンガドックの水を排出した

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◆23日に記念シンポ

 今年はレンガドックの完成から120年で、浦賀奉行所も来年で1720年の開設から300年を迎えることを記念し、横須賀市は23日午後1〜4時、横須賀芸術劇場(本町3)の「ヨコスカ・ベイサイド・ポケット」でシンポジウムを開く。

 基調講演「浦賀のまちと歴史的資産について」の後、パネルディスカッションがある。参加者のうち希望者は、翌24日午前10時からレンガドックを見学できる。申し込み不要で先着300人程度。

 問い合わせは市街地整備推進課=電046(822)8526=へ。

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