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【神奈川】

<かながわ未来人>「横浜竿」つくる唯一の職人 横浜「汐よし」早坂良行(はやさか・よしゆき)さん(69)

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 漆が塗られて光沢を放つ和竿(ざお)には、青貝の粉を用いた装飾が施されるなど、釣り道具と思えない仕上がり。「汐(しお)よし」=横浜市南区=の名で横浜竿を制作販売する唯一の職人で、和竿の伝統を守りながら、よく釣れる丈夫な竿(さお)作りを心掛けてきた。

 武士や町人の間で釣りが「遊び」として楽しまれるようになった江戸時代に江戸和竿が生まれた。横浜竿は、江戸和竿を基に、横浜の漁師がタイやスズキなどの高級魚を一本釣りするために作った竿で、より実践的な釣り具だったという。

 「ゴルフにいろんなクラブがあるように、和竿も多種多様」。ハゼやマゴチなどの魚種ごとに違うだけでなく、浅瀬にいる夏、深場に潜る冬でも適した竿は変わる。「汐よし」の竿を求める客は、既製品では飽き足らないベテランばかり。釣り人の要望を聞きながら、二カ月かけて商品を仕上げていく。

 重要になるのが材料となる竹選びだ。「同じ場所で採った同じ種類の竹でも強度はさまざま。百本あっても使えるのは二十本ほど」

 選んだ竹を専用の火入れこんろであぶり、竹が軟らかくなる瞬間を見逃さずに、「矯(た)め木」という道具で、曲がりを直していく。「材料選びと火入れはとても大事な作業。甘いと、元の竹の姿が出てきてしまう」。手抜きしない作業の先に魚の引きに負けない丈夫な竿が生まれる。

 小学校のころからの釣り好き。高校生になると見よう見まねで自作の釣りざおを作るようになる。高校卒業後に、師匠となる釣具店の常務から「竿を作りたいのか」と声をかけられ、二十歳で弟子入り。竿ができると、自ら釣りに出掛けて試し、改良を重ねた。二十六歳の時に師匠から「汐」の字をもらい独立した。

 一九六〇年代ごろまで主流だった和竿も、より軽いグラス竿やカーボン竿にその座を奪われた。職人の高齢化も進み、現在関東地方で江戸和竿を作り続けるのは「汐よし」を含め八つの工房だけだ。

 「私にできることは一本一本良い竿を作り続けること。後は子どもたちに和竿について知ってもらいたい」。講師として中学校で授業を行うなど、和竿の魅力を次世代に伝える活動にも尽力する。 (土屋晴康)

<和竿> 竹を材料に日本独自の製法で作られた釣りざお。江戸和竿、横浜竿のほか、郡上竿(岐阜県)や庄内竿(山形県)など各地に伝わる。代表的な江戸和竿の発祥は、天明年間(1781〜89)に江戸で開業した泰地屋東作(たいちやとうさく)とされる。弓矢を作る際に竹を加工する技術が基になっている。表面に漆が塗られるなど、強度と美しさを兼ね合わせ、国の伝統的工芸品に指定されている。

 

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