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【神奈川】

<守れなかった命 川崎中1殺害事件から5年 子どもたちの今> (上)不登校の支援続ける・西野博之さん(59)

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 地域や学校、家庭に居場所を見つけられなかった中学一年が命を落とし、同じように居場所がなかった十七〜十八歳が殺人の加害者になった。五年がたとうと風化させてはいけない事件だ。子どもたちを孤立させて救えなかったこの事件から何を学び、何を実現できたのか。

 事件後、市は再発防止に監視カメラを増やすなどの策を打ち出したが、では日常的に大人が関わる子どもの居場所は増えただろうか。「元気にやってるか?」って、子どもたちに大人が気軽に声をかけられる環境はどれくらいあるか。

 川崎市子ども夢パーク内の「えん」のような公設民営のフリースペースは増えていない。えんは不登校の子どもたちの居場所だ。全国的に子どもの数は減っているが不登校は増え、えんは定員三十人に対して十八歳以上も含めて百五十人を受け入れている。

 文部科学省は二〇一六年、各教育委員会などに、不登校を問題行動と判断しないように通知した。それでも不登校を問題行動としてしか見ない教師や保護者は多い。高校を中退しなくても済むような取り組みも必要だ。市立川崎高校の校内カフェのような場が少しずつ増えているのは明るい材料だ。地域の社会福祉法人が学校に入って、授業に出づらい生徒と雑談しながら本音を聞く機会になっている。

 家庭の中にも居場所が見つからず、「プチ家出」を繰り返して被害に遭う子がいる。食事を提供して安全な場所まで送る民間団体の取り組みもあるが、こうしたものに公的な支援が必要だ。社会全体が子どもに優しいまちになっているかどうか問われている。

 子どもの貧困が社会問題化したことで近年、子ども食堂を設置する動きも各地で広がっている。このこと自体は歓迎しているが、子どもの人権に根差した運営ができているかどうかが気掛かりだ。「食事を与えてあげる」という上から目線では子どもが来にくい。給食指導とは違い、食べ方のマナーなどに気をとられ過ぎず、一緒に食べられてうれしいと思える雰囲気づくりは大切だと思う。

 当時中学一年だった被害者の同級生たちは高校三年になった。事件のことを心の奥底にしまい、誰にも話せず苦しんでいる子どももいるはずだ。悲しみはそう簡単に消えるものではない。同級生たちが大人とされる十八歳を超えた後も、十分な精神的ケアを受けられる仕組みが必要だ。

 地域のいろんな人たちがつながる居場所をつくっていくという川崎市の「まちのひろば」事業には期待しているし、理念を大いに評価している。行政も市民も、誰一人として取り残さない社会をつくっていくために何が必要なのか、今後も考え、実行し続ける必要があるだろう。 (聞き手・大平樹)

<にしの・ひろゆき> 「川崎市子ども夢パーク」所長、NPO法人「フリースペースたまりば」理事長、精神保健福祉士。1991年に川崎市内で、不登校の子らが集まるフリースペースを開設。上村遼太さん殺害事件では、市が設置した有識者会議の専門委員を務めた。

     ◇   ◇ 

 川崎市川崎区の多摩川河川敷で当時中学一年の上村遼太さん=当時(13)=が殺害された事件から二十日で五年になった。加害者も被害者も少年だった事件は、市内外に大きな衝撃を与えた。子どもと関わり続けている人たちに、子どもたちの現状や教訓とするべきことなどを聞いた。

 

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