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【神奈川】

初代関帝廟など遺構出土 横浜中華学院移転先の土地 130年前の石柱や瓦

出土した初代の関帝廟と中華会館の間の通路(横浜関帝廟提供)

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 横浜市中区の横浜中華学院の新築・移転工事で、横浜関帝廟(びょう)に隣接する移転先の土地から、百三十年前の関帝廟と中華会館の遺構とみられる出土物が見つかった。横浜ユーラシア文化館の伊藤泉美副館長は「横浜中華街で明治期の中国建築の遺構が見つかるのは初めて。横浜華僑の建築文化を知る上で重要」と話している。 (志村彰太)

 出土したのは、それぞれ「中」「華」「會(かい)」「館」と彫られた石や、大きな石材や石柱、れんが、愛知県で製造されたとの刻印がある瓦など。現在の関帝廟は四代目の建物だが、伊藤副館長によると、出土した遺構は、一八七〇年代に建築され、九一年に拡張工事された初代の関帝廟と中華会館の基礎部分という。

 関帝廟と中華会館の間にあったとされる石畳の通路は幅二・一メートル、長さ三八・二メートルにわたってそのまま出てきた。

 初代の関帝廟は関東大震災(一九二三年)で倒壊した。その後も、横浜大空襲(四五年)や戦後の火災で倒壊・焼失し、そのたびに再建してきた。初代の関帝廟があった場所は、大震災後から終戦まで中華公立学校(横浜中華学院の前身)の教員宿舎などがあり、戦後は横濱華僑總会の事務所、講堂、道場があった。

 いずれも木造で、地下を掘って基礎を深く打ち込む必要がなかったため、これまで発見されなかった。

 中華学院の新校舎は今年十二月に完成予定。出土物は横浜華僑の歴史を語る物として保存・活用を検討している。伊藤副館長は「出土した場所にモニュメントがあると良い」と提案している。

「中」「華」「會」「館」と彫られた石=いずれも横浜市中区で

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